204.日常
ハニー・ウィッグの街を出発したノルンたちは再び旅路を再開する。
日に日に肌を撫でる風は冷たくなっていき、木々も次々に鮮やかな葉を落とし始めた。
「うぅ〜…さむいぃ…」
ノルンの足元でポーラはぶるりと身体を震わせる。
既にポーラはひと足早くハニー・ウィッグの街で購入した冬服を纏っており、もこもことした毛皮の中に小さな身体を埋めている。
「急に寒くなってきたね」
「そうですね。もう少し先に行けばそろそろ雪が降り始めるかもしれません」
気づけば今いる場所はノルンの育った町であるフォーリオに大分近づいていた。
初めは首都であるベルンを目指していたのだが、急遽ポーラと出会い方向転換した旅路。
それが少しずつ北上し、旅の始まり後でもあるノルンの故郷、フォーリオに近付いていた。
ノルンはフォーリオ周辺の気候についてはよく知っており、ここら辺もあと1ヶ月もすれば雪が積もっているだろうということを伝えた。
「雪…雪かぁ」
その言葉を聞くとアトラスも腕を組んでぶるりと身体を震わせる。
アトラスとポーラは大陸の最も南に位置する島に住居を構えるウール族と呼ばれる種族である。
そんな彼らにとって苦手なものが冬の寒さであった。
去年、フォーリオでノルンと共に冬を過ごしたアトラスはかなりフォーリオの冬が堪えた様子だった。
フォーリオはフォリア山と呼ばれる険しい山脈の麓に位置する街で、冬には1m程雪が積もることもある。
そんな街でアトラスは常に暖炉の前で毛布を身にまとい、食料調達時以外はほとんど動くことはなかった。
「そっか。いいなぁ。僕の村はあんまり雪が降ることはなかったから」
アトラスとは対照的にアオイは雪に好奇心を高ぶらせていた。あまり雪を見たことがない人達にとってはそれはまるで幻想的な空からの贈り物のように映るのかもしれない。
「はい。辺り一面が銀世界になる景色は…美しいと思います」
冬を迎えれば周囲の森はいつもしんと静かになって、まるでこの世界に自分しか居ないかのように錯覚をさせる。
一年の大半を美しい植物や薬草で埋めるノルンの庭も冬ばかりは色を失う。
けれど思えば、そんな中を静かに積もった雪を踏みしめながら少しばかり散歩に出かけたり、家の中で暖炉の温もりを感じながら魔導書を捲る日々が好きだったのかもしれないとノルンは思う。
雪を想像してふと視線を上にやる。
今日は雲ひとつない快晴。
薄い雲をベールのように纏った青空が視線の先には果てしなく広がっていた。
そんな時ノルンの視界に清々しい青を切るようにして何かが入り込んできた。
それはくるりと1周旋回をすると一度鳴き声をあげて羽をはためかせ、降下する。
ノルンはその存在を目にすると静かに片手を前に出す。ノルンが差し出した腕にそれはゆっくりと立ち止まった。
それはノルンがアランから貰った鷲。ホークスだった。その鋭い足の爪には筒状の紙の束をしっかりと掴んでいた。
「…ご苦労様です」
ノルンはホークスの足から紙の束を受け取ると、ホークスを労うようにその小さな頭をひと撫でした。
ホークスは目を細め気持ちが良さそうに擦り寄ったあと、仕事は完了したと言わんばかりに再び空へととびたった。
「お〜お〜。相変わらずすごい量だな」
ノルンの手元に握られた紙を見てアトラスは少し呆れたように思わず零す。
その手紙の分厚さを見たところでこの場にいる誰しもが送り主を悟ったようだった。
「ノルン〜。ノルンのお兄さんからのお手紙〜?」
ポーラはノルンの兄であるアランとは会ったことはないが、普段からアトラスやアオイの話を聞いて、時たま送られくる分厚い羊皮紙が何なのかについては既に理解をしているようだった。
ノルンは紙を束ねているリボンを解き中の文字を確認して頷いた。
どうやら皆の予想は正しかったようだ。
「はい。その様です」
「今回も随分な分厚さだなぁ」
「あはは。アランさんも相変わらずみたいだね」
その余りの分厚さにノルンは一度閉じて眠る前にでも目をとおそうかと考える。
しかしアトラスやアオイがゆっくり読んで構わないといい、ついでに休憩をしようと言ってくれたことでノルンはその言葉に甘えさせてもらう事にした。
ぺらぺらと一枚ずつびっしりと文字が詰め込まれた羊皮紙を捲る。
内容はやはりいつもと変わりない。
ノルンの旅の心配。体の配慮。それからアランが購入したというノルンへの贈り物。フローリアやレオの様子。最近の近況など。
ノルンは手紙に目を通していて思わず変わりない様子のアランに安堵をして表情を緩めた。
「今回はなんて書いてあったんだ?」
「いつもと変わりありません。私たちの事や、アランの近況などが記してあります」
「はは。そうか。本当にブレないなぁあいつは」
「…あとは」
そこでノルンは最後の一枚にたどり着いて、文章に目を通すうちに、そこに記された内容に少しばかり瞳を細めた。
「どうした?」
「…最近フォーリオ周辺の魔物の出没情報が相次いでいると」
それはノルンに注意を促すような文章だった。
ノルンはその文章を慎重に目で追いつつ、ほんの少し眉を寄せたのだった。




