201.いつかの花
街が薄紫から紺のカーテンを空に纏った頃、ぽぅぽぅと街の街灯にあかりが灯る。
それでも街は昼間の賑やかさを失うことなく、人々はよく食べ、よく笑う。
夜になるとあちこちのテーブルで大人達がグラスを傾け、鳴らし、酒を嗜む。子どもたちは何やらきらきらと光る花を片手に無垢な笑い声をあげながら街を駆け回る。
そんな様子を見て回っていた時、ノルンの足元に何かがぶつかった様な軽い衝撃が走る。
「わっ…」
幼い声が聞こえノルンが振り向けば、小さな女の子が地面に尻もちをついていた。どうやら友達と共に街を駆けていたところ、ノルンにぶつかってしまったようだ。
ノルンはすぐさましゃがみこんで女の子に声をかける。
「ぅぅ…」
「申し訳ありません。お怪我はありませんか」
「ノルンちゃん?…あれ、大丈夫?立てるかな?」
女の子はノルンの声にゆっくりと顔を上げて、涙目を浮かべながらもこくんと頷く。
そして心配そうに顔を覗き込むアオイの手を取って立ち上がる。
その様子にノルンはほっと胸を撫で下ろす。
そしてもう一度謝罪をして別れようとした時、女の子はもじもじとした様子でノルンを見つめる。
ノルンは不思議な顔をして、女の子の言葉を待つ。
やはり、どこか痛いところでもあるのだろうか。
しかし、ノルンの前にぐいっと差し出されたのは金色に輝く綺麗な一輪の花だった。
「…………」
ノルンは少し驚いた様子で女の子を見つめる。
「あの…おねえちゃん…ぶつかっちゃってごめんなさい。…あの…それで…これ、あげる…」
「ぇ…」
「わぁすごく綺麗な花だね」
女の子は手にしていた一輪の花を震える両手で持つ。
ノルンは間近でその花を目にして思わず息を止める。
それは丸みのある花弁で夜の闇の中柔らかくぽぅと暖かな光を放つ黄金の花だった。
「…金花草…」
それはいつしかノルンがある人物からの願いで長く探し求めていた深く記憶に残る思い出の花だった。
あの時、長い月日をかけて探し求めた花は彼の家族に届けた。
花を受け取った彼の家族である女性は元気に過ごしているだろうか。
___また、手紙を…書き記してみようか。
ふとそんなことが頭をよぎった。
そしてはっとして、目の前の女の子と視線を合わせる。
「これを…私にくださるのですか…?」
ノルンが精一杯腕を伸ばしている女の子に問えば女の子は力強い瞳で頷いた。
金花草は今では貴重な花になっていた。
それも嬉しそうに手にしていた子どもたちを見たあとでは申し訳なく感じてしまう。
しかしノルンがその趣旨を伝えれば女の子は首を振った後に、花を見つめそれからノルンに視線を移した。
そして精一杯背伸びをするとしゃがみこんだノルンの柔らかなホワイトブロンドにそれを差し込んだのだった。
ノルンが思わず薄く目を見開くと女の子は無垢な笑顔で歯を見せて笑ったあと、ノルン達の少し先で女の子を呼ぶ友達の元へと走っていってしまったのだった。
ノルンはふと耳に掛けられるようにして飾られた花を確かめるようにそっと触れる。
花の感触が手に伝わり、また金花草の甘い強い香りが鼻を着いた。
「すごく似合ってるよノルンちゃん」
「…ありがとう…ございます。しかし私が頂いて良かったのでしょうか」
「ふふ。うん、きっとあの女の子もノルンちゃんに受け取って欲しかったんだよ」
ノルンは未だ戸惑いつつもアオイの笑顔を見てそれから友達の元で笑顔を浮かべる女の子を見て、もう一度花に触れたのだった。
少し走り去った先で、一度女の子は振り返り、それからノルンに向かって手を振る。
ノルンは少し驚きながらもぎこちなく片手を上げて、女の子に振り返した。
「お、ノルン良いものつけてるなぁ」
「ほんとだ〜!可愛いよ〜ノルン!あ、ノルンのお花光ってる」
先に行ってしまっていたアトラス達を追ってやってくればそこは街の広場だった。
広間には街の人々も多く集まり、それぞれが談笑し合ったり、ギターを片手に演奏をしている人もいた。
そんな中一人の男がノルン達に近づいてきた。
エルガーはその人物を見ると少しぎょっとしたような表情を浮かべてから顔を強ばらせた。
「ん?おお、爺さんじゃねぇか。祭りには興味ないって言ってたのに回ってるのか?」
それは靴屋の店主ロバートだった。
今朝喧嘩別れをしてきたばかりのエルガーは気まづそうに顔を逸らす。
ロバートはそんなエルガーを一瞬見て呆れたように息をつくと首を振る。
「そんなんじゃねぇよ。馬鹿な孫に届け物しに来ただけだ」
「………」
馬鹿な孫と呼ばれたエルガーは更に不機嫌に顔を顰める。
「…一体何だって…」
言うんだ、エルガーはそう言おうとしてロバートに差し出されたものを見て目を見開いた。
それはロバートが馬鹿にしていたエルガーのヴァイオリンだった。
エルガーはどういうつもりかと言う表情でロバートを見る。
ロバートは吹かしていた煙草をとるとふぅーっと息を吐く。
「…アトラスから聞いたぜ。それがこの子らへの報酬何だろう?」
「………」
エルガーはその言葉を聞いても尚、戸惑った表情を浮かべている。
そしてゆっくりとロバートの手からヴァイオリンを受け取る。
ロバートはふん、と鼻を鳴らし再び煙草を吹かす。
すると、そこで広間にいた街人の一人が陽気に話しかけてきた。
「ん?おお!エルガー!なんだお前楽器が弾けるのか?」
「ほぉ!そりゃいいや!頼むよエルガー!」
「はぁっ…?何言ってんだ無理だっ…て」
それに乗っかって少しほろ酔いなのか陽気な男達はエルガーにヴァイオリンを弾いて欲しいと頼み込む。
エルガーは即座に断る。
しかし気づけば広間の人々の視線はエルガーに向いていて皆笑顔でエルガーがヴァイオリンを構えるのを待っていたのだった。




