193.収穫祭と喧嘩
翌日。街は朝から賑わいすっかり祭りのムードに包まれていた。
華やかな黄と橙の風にひらひらと舞うガーランド。
至る所に飾り付けられたマリーゴールドの花。
人々の高らかな笑い声。
ノルンはそんな街中を観察するように見渡しながら歩いていた。
「おお。すごいな。結構盛大だな」
「うん。ほんとだね。僕の村はここまで盛大じゃなかったから何だか新鮮で楽しいな」
アオイの村でも収穫祭は行われるそうだが、人口も異なるためここまで盛大に行うという訳ではないらしい。
またアオイの実家では菓子屋を営んでおり、アオイはどちらかというと客側ではなく、この時期は毎年新しいスイーツの考案に勤しんでいたようだ。
街中を歩いていると様々な店の店先で試食や呼び込みを行っている。
どこの店も旬の野菜や食材を使用した料理や、この街の特色である蜂蜜を使用した商品を声高らかに宣伝していた。
かぼちゃのポタージュにキノコとサーモンのクリームリゾット。栗をふんだんに使用したモンブランに、蜂蜜をたっぷりかけたアップルパイ。
聞いただけで思わずお腹が鳴ってしまいそうになる。
ノルンは美味しそうな食べ物を見つけては密かに胸をときめかせていた。
そしてそれはどうやらポーラも同じな様で。
ポーラもノルンの足元でノルンが立ち止まる度にその足を止め、期待に満ちた瞳で店先の広告紙に釘付けになっていた。
「お〜い。お前ら行くぞ〜。飯は悪いがロバートの爺さんの所に行ってからでいいか?」
そんな2人を見かねて声をかけるのはアトラスの役目だ。アオイはと言えば何も言わず微笑ましそうににこにことただ2人を眺めているだけである。
「はい。勿論です」
ノルンははっとしてアトラスに向かい合うと頷いて見せた。
現在ノルン達は収穫祭を見て回りつつ、再び昨日訪れたロバートの家に向かい歩いていた。
理由はアトラスの靴を受け取るためだ。
本来であれば数時間で修理が完了すると言われていたアトラスの靴だが、職人気質のロバートはどうやら完璧を求め、気づけばアトラスの靴の修理箇所をどんどん増やしてしまっていた。
結果、受け取りは本日中には厳しいという話になったらしく、それまでアトラスは仮でロバートが作成した靴を手渡されていた。
少し大きめのぶかぶかとする靴を靴紐できつく縛り上げて何とか靴を足に固定したアトラスは少し普段よりもぎこちない動作で先頭を歩く。
「確か…ここら辺…だったよな?」
しばらく歩けば昨日訪れた時と同様。
先程の賑やかなムードから一転、場は静寂に包まれていた。申し訳程度に家から家の窓に伝ってかけられた一つのガーランドが頭の上で揺れる。
「はい。もう少し先がロバート様のご自宅です」
「そっか。もうちょっと先か」
辺りを見渡していたアトラスは昨日共に訪れたノルンに目配せをして軽く首を傾げる。
ノルンがその言葉に頷くと再びアトラスは機嫌よく足を進める。
その後歩いてすぐにロバートの家である赤レンガ造りの平屋は現れた。
「あ。もしかしてあのお家?」
アオイが微笑みながら指を指す。
「はい」
「おう!さて、俺の靴は修理が終わったのかな」
アトラスはそう呟くと上機嫌で昨日訪れたロバートの家に足を踏み入れる。
今日はこの街で収穫祭が行われているにも関わらずロバートの店は昨日と同じく静寂に包まれていた。
「お〜い!ロバートの爺さん!」
アトラスが店内に入り、ロバートの名を呼ぶが誰かが反応をすることはない。
「誰も居ない…のかな?」
勝手に店内にはいることを戸惑って店先で様子を伺っていたアオイが首を傾げる。
「…そうですね。外出していらっしゃるのでしょうか」
ノルンも少し店内を覗き込むように腰を曲げ、店内を観察する。
今日は収穫祭。ロバートもエルガーも祭りに参加していて不在なのだろうか。しかしアトラスには昨日午前中に靴を取りに来ていいとロバートは告げたそうだ。
それでもあまりに人気のない店内にノルンがそう思った時だった。
アトラスが帽子からはみ出た耳をぴくぴくと震わせ、顔を店の奥に向ける。
「アトラス?どうかした?」
アトラスにアオイが声をかける。
アトラスは部屋に作られた一つの扉だけを見つめていた。そしてしーっと人差し指を立ててノルンとアオイに騒がないように忠告する。
それに無言でアオイとノルンが頷くとアトラスは一度頷いて、ゆっくりと足音を立てずにその扉に向かっていった。
その先にロバートとエルガーがいるのだろうか。
ノルンは静かにアトラスを見守る。
(…確かその先は…)
ロバートが日夜作業に没頭する工房。
しかしアトラスは扉を開けようとはしない。
その代わり耳をぴくぴくと反応させてドアノブに手をかけることもなければ静かに扉の前に立つ。
そんなアトラスにノルンは疑問符をうかべていたものの、その理由が分かったのはその後ほんの数秒後だった。
「いい加減馬鹿なことはやめろ…!お前が楽師になどなれるものか…!いい加減真面目に働いたらどうなんだッ…!」
扉の奥から怒気を含んだロバートの声が聞こえ、思わずノルンはぴくりと肩を揺らして背筋を伸ばしたのだった。




