191.マロンタケ
ノルンがエルガーの演奏について素直に感想を述べれば、エルガーは眉を下げ少し頬を赤らめて照れたように笑う。
「…そっ、か。…ありがとうノルン」
「はい」
エルガーの礼に素直に頷いたあとで、ノルンはエルガーの周辺をふと確認する。
ロバートによればエルガーは森に収穫祭で使用するキノコを採りにきたそうなのだが、エルガーの座っていた切り株周辺には、エルガーの私物であろうジャケットが一枚折りたたまれているのと、ヴァイオリンを収納しておくのであろうケース以外には何も見当たらない。
「…エルガー様。ロバート様からはマロンタケを収穫しに来られたとお伺い致しましたが…」
「あ"っ…」
ノルンが小首を傾げながらそう言うとエルガーは目を丸くさせて分かりやすく顔を青くさせた。
「…やばい。どうしよう。…すっかり忘れてた。…今から探せば間に合うか…?いや、これ以上遅くなったら爺ちゃんにどやされる…。じゃあ明日の早朝急いで採りにくれば…」
エルガーはぶつぶつと未だ青い顔のまま呟く。
ノルンはふと空を見上げて薄い黄色と紫のグラデーションに染まった空を眺める。
この後から一気に空は暗くなるだろう。
採集も難しくなることは愚か、夜になれば夜の魔物も出始める。
「…エルガー様。今日はロバート様も心配していらっしゃいます。この後から一気に暗くなることも予想されます。今日は一度帰っては如何でしょうか」
ノルンが淡々と意見を述べればエルガーはうっ、と声を漏らしてへなへなと肩を落とす。
「…そう、だよなぁ。どっちみちこれ以上遅くなったところで爺ちゃんは怒るだろうし…はぁ…」
エルガーは気を落とした様子でため息をつく。
そんなエルガーの様子を静かにノルンは見つめる。
「…エルガー様。マロンタケは幾つ必要なのですか」
「…10個だ」
マロンタケはそこまで希少なキノコではない。
しかしそれでも10個採集するとなると、それなりに時間は必要だ。
やはり今から探すにしては間に合わないだろう。
そして明日の朝にしてもエルガーの様子から察するに間に合うか否かは微妙な所なのだろう。
しかしノルンはその個数を聞いてふむ、と頷く。
そして手に持っていたトランクへちらりと視線を向けた。
「エルガー様。それならば私たちが採集したものをお使いください」
「えっ…?」
「恐らく10個程度ならば問題ないかと」
少々お待ちください、ノルンはそう告げると状況を理解していないようなエルガーを置いて、トランクを切り株の上にのせるとしゃがみこんで解錠する。
かちゃん、とロックが外されてノルンがトランクをあける様子をエルガーは困惑した様子で見つめる。
しかしノルンは何ら気に止めることもなく、トランクの1つの収納場所に手を伸ばすとあっという間にひょいひょいと、山が出来るほどのマロンタケを出現させた。
「えっ…なっ…!?」
「エルガー様。必要な分は揃いそうです。ぜひ、こちらをお持ちください」
「えっ…いや、えぇ…?」
ノルンは10個のマロンタケを手のひらで示す。
しかしエルガーは理解が追いついていない様子で困惑を浮かべていた。
「な…なんで、トランクからそんなキノコが出てくるんだ?」
「はい。こちらのトランクには魔法がかけられています。そのため見た目よりも収納出来る量は大幅に上がります」
「ええ…ま、魔法…」
「はい」
エルガーはおずおずとしながらも視線をトランクに向けトランクを観察する。
外見はかなりの年季が入ったトランクだ。
しかし古びてはいても、大切に扱われてきたのだろうということがわかる手入れの行き届いたトランクだった。
「エルガー様。どう致しますか」
ノルンは最初と変わらぬ至って真面目な顔でエルガーを見つめて告げる。
エルガーはノルンの言葉に、どうって、と困惑したように山積みにされたマロンタケを見つめていた。
「いや…そりゃ…その、有難いが…でも、やっぱり貰えない」
エルガーは眉を下げて視線を逸らして言う。
「…そうですか。可能でしたら理由を伺ってもよろしいですか」
エルガーが必要でないと言うならば無理強いをする必要は無い。
ノルンは素直に引き下がりつつも、何が問題なのかを知るために純粋に理由を問う。
「そりゃあ…だって、それはあんた達が苦労して手に入れたものだろ…。ノルンは街の人間じゃないし、てことは旅人か冒険者なんだろ?なら尚更食料を俺が貰う訳にはいかない」
エルガーは眉を寄せながらも丁寧にノルンの問いに答えてくれた。エルガーの回答に納得したようにノルンも頷く。
「…そうでしたか。お気遣いありがとうございます。エルガー様。確かにエルガー様のおっしゃる通りです。それでは一度街に帰り次第仲間にも確認を取るようにいたします。それでもしも仲間に反対されましたらその時は私も翌日採集のお手伝いをいたします」
確かにこのキノコは自分だけで採集したものではないし、旅をする以上食料は何より大切だ。
自分の独断で決めてしまうというのは確かに良くないことなのかもしれない。
フォーリオへいる頃は自分の生活は全て自分で補っていた。
食べるものも一人で食べられる量だけ。
必要な分だけ収穫して、買い物をして調理して食事をする。
しかし今はもう自分一人ではないのだ。
(…エルガー様のおっしゃる通り…)
今後はしっかりと気をつけなくてはならない。
そう自分の中で釘をさしてからノルンはエルガーに感謝を述べるのだった。




