18.散歩
狼が居ないことがわかると女の子は悲しそうに目を伏せた。幼い顔に、長い睫毛が瞳に影をさしまるで子どもではないみたいに綺麗だった。
僕はなんとか女の子を笑顔にさせたくて、自分の家へ案内した。その時、家にはちょうど誰もいなかった。母がいたらケーキを出してもらおうと思っていた。それで女の子が笑顔になってくれたら、と。
そして結局ショーケースから季節の苺のタルトを取り出して女の子の前に置いた。
女の子は目の前に苺のタルトが置かれると、悲しい色を浮かべていた瞳を少し困惑させた。
僕が食べていいよ、というと女の子は子供用のフォークで小さく切り分けたタルトを口に含んで、味わうようにもぐもぐと口を動かしたあとぽつりと言った。
「…おいしい。すごく、おいしい」
その言葉に、女の子の目が嬉しそうに輝いたこと、すべてが嬉しかった。
そうだったな。あの時苺のタルトをあげたんだ。
あのあとはどうしたっけ。あぁ。確か女の子の家族が迎えに来たんだ。僕と同じくらいの歳の男の子が。
お別れというほど、同じ時間を過ごした訳では無いけれど、確かにお別れだった。
唐突なお別れで僕は名前を聞くことも、どこに住んでいるのかも聞くことは出来なかった。
そんなたった数時間過ごした女の子の夢を何度も見ている。
今、何かを探しているのは僕かもしれない。きっと僕はあの女の子を探している。あの時は多分6歳か7歳の歳だから、もう10年も前になる。
今の僕は今年で15の歳を迎える。女の子が自分より幼かったか、同い年だったのかはわからない。歳上には見えなかったけれど、どうだろう。幼い頃のことだしわからない。
きっとその女の子も今では自分と近い年齢になっているだろう。
きっと綺麗になっているんだろうな。うろ覚えだけれども幼い頃ですらあんなに人目を引く容姿をしていたから。
きっと会ったらすぐにわかるのに。全く根拠のない自信だけがある。
どうしてこんなに見知らぬ女の子のことを考えているのだろう。
どうしてこんなに記憶に残っているんだろう。
もし会えるようなことがあったとして、その子は僕を覚えているのかな。
なんて。幼い女の子との思い出を、それもたった数時間の思い出をいつまでも考えている自分に少し苦笑する。
そろそろ帰ろうかな。
思考がひと段落着いたところでふぅ、と息をついた。足元ばかり見ていた視線をあげる。ゆっくりと踵を返そうとしたところで、目線の先に小さな赤い実が見えた。
お。あれはもしかして。
そう思って近付く。そして葉に隠れている赤い実を葉を避けながら手に取る。
「やっぱり苺だ」
そっか。ここら辺は苺がなるんだ。覚えておこう。
そんなことを思いながら、時期的には終わりごろになる苺を摘んでハンカチに包む。
これで苺タルトを作ろうかな。ふと思ったことだけれど、やはりあの夢に引っ張られているのかもしれない。
そんなことを思いながら結局帰り道に、来る時には見落としていた苺をいくつも見つけて摘んで歩いた。いつの間にかハンカチの中はいっぱいになり、こぼれ落ちてしまいそうな程だった。
家に帰ってきてハンカチから苺を取り出した。そんな時、おなかが小さくぐぅ、と音を立てた。タルトを作る前にそろそろお腹がすいて来た。ちらりと壁にかかっている時計を見れば、ちょうど12時を少しすぎた時間だった。
うん。母さんもお昼休憩にはいる頃だし、昼食を先に作ろう。
昼食のメニューは簡単でボリュームのあるサンドウィッチにした。トマトを切って、レタスを軽くちぎって薄切りのチーズとハムで挟む。あとは特性のマヨネーズソースを軽くかけて閉じる。もう一種類は卵サンドにした。卵サンドも出来上がる、という所で母がキッチンに入ってきた。
「ん〜いい匂い」
「おつかれさま。サンドウィッチ作ったよ」
「ありがとう。とっても美味しそう。あら。大きな苺がたくさん」
「それ。村を出た左手の森にあったんだ。それでタルトを作ろうと思って」
「まぁ。そうなの。それはいいわね」
そのあと、母はとても美味しそうにサンドウィッチを頬張ったあと、また店に戻って行った。
やっぱり僕が変わろうか、と言ってみたけれど母は「まだまだこれくらい全然大丈夫!」と言っていつもの変わらず楽しそうにキッチンを出ていった。
自分もサンドウィッチを食べ終えたところで、さて、と立ち上がって昼食の後片付けをした後で、タルトを作ろうと袖を捲った。
タルト生地を焼いて、その間にタルトのクッキー生地の中にいれるクリームにとりかかる。生地が焼けたら粗熱をとっている間にトッピングの苺を切り分ける。生地の熱が冷めたら、クリームを流し込んで、生クリームを絞り、苺をトッピングしていく。最後に飾り付けた苺をゼリーで固めたら、完成だ。そっと出来上がったタルトを冷蔵庫に忍ばせる。パタン、と冷蔵庫を閉じて一息つく。楽しいけれど、やはりお菓子作りは体力を使う。そんなことを思いながら、一度軽く椅子に腰掛けるのだった。




