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norn.  作者: 羽衣あかり
“夢追い人と少女”
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188.ロバートの探し人

 ノルンの質問にロバートはただ口を結んだまま開こうとはしなかった。

 無神経なことを聞いてしまったのかもしれない。

 顔を上げることすらせず、一心に靴へと向かうロバートを見てノルンは罪悪感を募らせていた。

 謝罪をしようと薄い唇を開く。


「ロバート様。失礼致しました。出すぎたことを…」


 ノルンが少しばかり顔を俯かせる。

 しかし謝罪を終える前に椅子に腰をかけていたアトラスが口を開いた。


「なぁ」


 ロバートはアトラスの呼び掛けに一瞬ちらりとレンズの奥の瞳をアトラスに向けた。

 アトラスはいつも通り機嫌が良さそうに口角を上げて余裕の笑みを浮かべている。


「修理代はいくらだ?」


 突然そんなことを言いだしたアトラスに、ロバートは予想外だったのか一瞬固まってきょとんとしたあと眉を寄せてやれやれと言った様子でため息をついた。


「…この程度で金は貰わんさ」


 そして再び靴へと向き合う。

 するとアトラスは顔に浮かべていた笑みをさらに深めてにんまりと笑う。


「そうか。それは有難い。だが、俺としても大事な靴を直してもらった礼がしたい。それこそ爺さんの探し人、とかでもいいぜ」


 そこでようやくノルンはアトラスの考えを理解した。アトラスはと言えばにこにこと愛想良くロバートに笑いかけている。


「………」


 そこでやっとロバートは溜息をつきながらも止めることのなかった手を止めて観念したように顔を上げるのだった。

 アトラスはそれを肯定と捉えたのか嬉しそうにロバートに微笑む。


「決まりだな。それで?爺さんの探してる奴ってのは?」


 未だ何も答えてはいないのに勝手に話を進めるアトラスにロバートは再び呆れた視線を向ける。その表情は不機嫌に見えなくもないがアトラスは怯むことなくいつも通り屈託なく笑う。

 そんなアトラスに諦めが着いたのかロバートは静かにアトラスを見つめる。

 否、その眼差しはアトラスをというより、アトラスを通してその椅子に腰かける誰かを見ているようだった。

 ロバートの目尻に深く刻まれた皺がさらに深まる。

 ロバートは静かにぽつりと言葉を零した。


「…………孫だ」

「おお、孫か」

「…あぁ」


 ロバートはそう言うと今度は一段と深いため息をついてみせた。


「その孫は一緒に暮らしてるのか?」

「あぁ」

「…お孫様が行方不明という事でしょうか」


 ノルンが首を傾げてロバートを問えばロバートはいや、と緩く首を横に振る。


「そんな大層なもんじゃない。恐らくは街の周辺の森に居るだろう」

「ふ〜ん。森か。森に何しに行ったんだ?」

「収穫祭で使うタケを取りに行った」

「きのこ?」


 思わずノルンの脳内で発した疑問とアトラスの呟きが重なる。

 ノルン達が話をつかめないでいるとロバートは丁寧に翌日収穫祭が行われること、そしてこの街では街人が調達した食材を使って祭りの際の料理を作るのだと話した。


「なるほどな。街の奴らで材料を持ち寄るって訳か。そりゃ楽しそうだ」


 アトラスに同意するようにノルンも小さく頷く。


「そうだ。食材は街の方から指示される。今年、俺たちはマロンタケをお願いされた」

「マロンタケ…」


 そう聞いてノルンはその風貌を思い浮かべる。

 マロンタケはハルジア大陸の秋に収穫できるタケで、柔らかな黄色の笠に白い斑点模様が特徴の可愛らしいタケだ。その味はまるで栗のような甘さがある事からそう名付けられた。

 先程ノルン達もこの街へ入る前に幾つか採取していたはずだ。


「そうか。ん?でもそれならそのうち帰ってくるんじゃねぇのか?」


 そこでロバートは渋い顔をしてしばし沈黙した後に頷く。


「…あぁ。だから大丈夫だって言ったんだ。最もあいつを送り出したのは今日の朝方。…ったくこんな時間までどこで油を売ってやがる」


 ロバートは硬い表情で膝の上に腕を乗せて背中を丸め俯いている。

 そこでノルンは先程服飾店でロバートを見つけた時を思い出した。


「それで服飾店の方にお聞きしていたのですか」

「…あぁ、まぁ出るついでにな」


 ノルンがそう言えばロバートは視線を逸らして少し決まりが悪そうにする。


「なるほどな!まぁ、たしかにそんなに帰りが遅いっていうのは心配だな」

「…そんなんじゃない。ただ仕事もほっぽり出して遊んでる馬鹿に灸を据えてやろうと思ってるだけだ」


 ロバートは眉を寄せ顔を顰める。

 それにアトラスはそうか、と言ってまた柔らかく笑う。


「…ロバート様。ロバート様のお孫様探し、私に行かせてくださいませんか」

「…………」


 ノルンの脳裏には服飾店で孫の姿を捜し求めるロバートのどこか寂しげな、不安げな表情が浮かんでいた。

 そして気づけばそう口に出していた。

 ロバートはノルンがそう言えば、険しかった表情を少しだけ緩めた。


「…有難うよ。気持ちは嬉しいがどうせそのうちに帰ってくる。それに…」


 ロバートはノルンに視線を向けてそこに佇む少女を眺める。佇まいが整っているとはいえ、まだ子どもの少女だ。


「お前さんみたいな子どもを魔物のいる危険な場所へ行かせる訳には行かん」


 ロバートは緩く首を振ってみせる。

 ノルンの身を案じてくれているのだろう。

 ノルンもその事を理解し口を噤む。


「ん?戦闘なら大丈夫だぜ?ノルンならここら辺の魔物は瞬殺だからな」


 しかしそこでアトラスが当たり前のようにロバートに告げる。ロバートはそれにきょとんとしてそれから顔を顰めた。まるでアトラスの言うことなど信じられないようだった。

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