187.街の外れの靴屋
ノルンは現在ハニー・ウッドの街並みをアトラスと並んで歩いていた。
二人の前には杖をついてゆっくりと進んでいく初老の男。
先程服飾店で商品を見ていた際にアトラスの靴の靴紐がちぎれてしまった。
替えになるものは持ち合わせていないし、どうしようかと考えていた所へ丁度その場に居合わせた靴職人だという男が修理をしてやる、と申し出てくれたのだ。
ノルンとアトラスは一瞬名も知らぬ男に戸惑ったものの、どの道新しいものを買うか、修理をするかしなくてはならないということで、男の申し出を有難く受けることにしたのだった。
未だ冬物のコートを見定めているアオイとポーラに一言だけ告げてノルン達は服飾店を出てきたのだった。
「…段々人気が少なくなってきたな」
男の後ろに続いて歩くアトラスが周囲を見渡して言う。たしかに先程いた場所に比べると現在歩いている場所は一通りが少なく、賑やかだった広場と比較をすると静かな落ち着いた住宅街に入っていた。
「すまんな。儂の工房は街の隅にあってな」
「いや、俺は全然構わないぜ」
「そうか。だがもう着く」
老人は杖を地面から離して自身の前方を指した。
「あそこだ」
小道を通り抜けてた先に老人の家はあった。
中心地から少し外れた街の外壁近く。
そこに年季の入った小さな家はぽつんと静かに佇んでいた。
老人はずんずんと自分の家へと入っていく。
その後ろを着いていったノルンとアトラスは思わず店先の前で足を止める。
薄暗く影になっている小さな店内。
そこには決して数は多くは無いけれど多種多様な用途の靴がそろえられていた。
思わずノルンは一番近くにあった靴をじっと観察する。
それは滑らかで光沢ある動物の革から作られたブーツだった。
その革靴は古めかしい年季の入ったこの場所にはどこか不釣り合いで、しかし何故かぴったりとはまっているようにも見えた。
「おうい。何してる。こっちだ」
思わずじっと店先で靴を観察していると、店の奥の戸から老人が顔を出してノルンとアトラスを呼び寄せていた。
老人に呼び寄せられるがままに入った奥の部屋はどうやら作業部屋の様だった。
先程の店内よりも狭いスペースにところ狭しに見たこともないような器具や材料が置かれている。
窓から差し込む西日に細かい埃のようなものがきらきらと輝く。
ノルンが興味深しげに当たりを見渡す中、老人は作業部屋の中心に置かれた二つの椅子のうちの一つによっこらしょ、と呟いてゆっくりと腰を沈めた。
「フゥ…。さて、お前さんの靴紐だったな。どれ、見せてみろ」
老人は杖を椅子の横に立てかけると鼻に落ちてきた眼鏡をくいっとあげてレンズの奥から除く小さな瞳をきらりとさせてアトラスに向けて手を差し出した。
「おう。悪いな。よろしく頼む」
アトラスはちょっとここ座らせてくれ、と一声かけて老人の前に置かれたただの丸太を伐採して磨いただけのような椅子に腰をかける。
そして片方の靴を脱ぐと老人に手渡したのだった。
老人は靴を受けとり、ふむ、と呟き何やら様々な角度からアトラスの靴を眺めたあとひとつ頷く。
一度アトラスの靴を木の丸太で造られた作業机と思われる机に置くと、老人は体の向きを90度変えて近くに備え付けられていたチェストに手を伸ばす。
そして何やら探し物をするようにがさごそとこれでもない、いや、こっちでもない、と呟きながら手を動かした。
「あぁ。これがいいな」
老人がそう呟いてチェストから手を引く。
その手に掴まれていたのはもう一つのアトラスのブーツの上で蝶々を結ぶ紐と類似した紐だった。
「よし、少し待っておれ。すぐに直してやろう」
「おう。助かるぜ。よろしく頼む」
「あぁ」
そうすると老人は服が汚れることも厭わず、アトラスのブーツを自身の両膝の間に挟み込んで固定して、アトラスのブーツにするすると紐を通し始めた。
「へぇ…。さすがは職人さんだ。手馴れたもんだな」
「はは。そりゃあね。子供ん時から何十年も同じことやってんだ。嫌でも上達するもんさ」
「そっか。俺はアトラス。こっちはノルン」
アトラスは微笑むと自己紹介をしてノルンに視線を投げる。ノルンは自分の名前が呼ばれた後に小さく丁寧にお辞儀をする。
「爺さんの名前は?」
「…ロバートだ」
「そっか。ロバートさんか」
背中を丸め、埋めるようにして作業をするロバートと名乗った老人。ロバートは名を名乗るも顔をあげず、ただひたすらに靴と向き合っていた。
そこでアトラスの隣に立って作業の様子を眺めていたノルンはふと、先程の服飾店で老人が誰か人探しをしていた事を思い出す。
「ロバート様。先程服飾店の方で何方かをお探ししていたように思えましたが」
「…………」
そこでロバートは顔を上げることは無かったが、一瞬止まることのなかった両手を止めた。
しかしそれもほんの一瞬で次の瞬間には再び慣れた手つきで作業を進めていた。
「何方かお探しなのですか」
ロバートの様子に聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと、戸惑ったもののノルンは気づけばそう口に出していた。




