183.国家騎士団第1部隊隊長
グレイと別れ、迷宮を出発したノルン達は爽やかな秋晴れの空の下再び旅路を再開した。
「ん〜、さすがに疲れたな」
ノルンの前を歩くアトラスはぐいっと腕を伸ばしてストレッチをする。
アオイも微笑んでアトラスに同意するがその表情には多少の疲労が見て取れる。
「…あはは。どこかで少し休みたいよね」
「この森を抜ければ確か本来訪れる予定だった村が近くにあるはずです」
「お。助かった。それじゃそこで少し休んでこうぜ」
「うん。もう身体がくたくただ」
アオイの言葉にノルンが地図を取り出して現在地と周囲の村落を確認する。
そこで今いる森をぬけた先に隣接するように構えられている村を確認する。
アトラスとアオイはそれを知るとほっと安心して表情を緩めた。
確かに突如始まってしまった迷宮攻略は心身共に疲労を蓄積させた。ノルンにしても魔力を回復するためにも休息は必要だ。
確認が終わったため地図をトランクにしまい直そうとくるくると丸めていく。
するとそこから一枚の紙切れがひらひらとすり抜けて地面に落ちた。
「ノルンちゃん。これ、なにか落ちたみたいだよ」
アオイは足元に落ちた紙切れを拾い上げるとノルンにて渡す。そこでちらっと視界に入ってしまった紙切れを見て首を傾げる。
「ありがとうございます。アオイさん」
「ううん。それよりも…これ、父さんがノルンちゃんになにか渡していた時の…?」
ノルンはアオイから手渡された紙切れを受け取ると頷く。
「はい。最後にグレイ様から頂きました」
「これって…誰かの名前?」
「そう…だと思います。ベルンで困ったことがあれば頼るようにと渡してくださいました」
そこで話を聞いていたアトラスは歩きながら顔だけちらりと振り向かせる。
「なんて書いてあんだ?」
「はい。___国家騎士団第1部隊隊長ヴァレリア殿…と記載してあります」
ノルンが紙切れに書かれた言葉を読み上げた瞬間アトラスの耳と尻尾が勢いよくピンと立つ。
そして勢いよくノルンを振り返ったアトラスの瞳はこれでもかと言うほど驚きに見開かれていた。
「んなッ…!?!?」
「アトラス?どうしたの?」
「の…ノルン、もう1回言ってくれ」
「承知しました。グレイ様が残してくださった紙には国家騎士団第1部隊隊長ヴァレリア殿、と記載してあります」
身体中の毛を逆立てたアトラスは細くなった瞳孔でノルンを見つめる。
そしてアトラスの希望通りノルンがもう一度紙に書かれた内容を復唱すれば、まんまるにしていた瞳を半目にして、へなへなと尻尾をさげた。
「…おおい…まじかよぉ」
「あ…アトラス?大丈夫?どうかした?」
「……………うーん…」
2つの耳を今迄にないほどペタンと下げて項垂れるアトラスに思わずアオイが慌てて顔色を窺う。
どこからどう見ても元気そうではないアトラス。
思わずノルンも心配になりアトラスの様子を静かに見守る。
「アル…。お知り合いなのですか?」
アトラスの反応から知人なのかと思い、ノルンが声をかければアトラスは一瞬声に詰まったあと気まづそうにその頬を指でかいた。
「………俺の元上司だ」
「えっ」
「………………」
「っていうか俺を鷹に勧誘した張本人だな」
やれやれとため息をついて瞳を閉じるアトラス。
そんなアトラスとは対照的にアオイは目を丸くしていた。
「えええって…そっか、アトラスは鷹に所属してたんだもんね…」
うん、そっか、そうだった、すごいなぁ、とアオイは一人で頷きながら納得をしている。
しかしその隣でノルンは不思議そうに首を傾げて見せた。
「そうでしたか。…しかしお知り合いであるならばアルは何故そのような反応を…?」
ノルンがそう言えばアトラスはう、と小さく気まずそうに呻き声漏らす。
ノルンとアオイが首を傾げればアトラスははぁ、とため息をついて面倒くさそうに口を開いた。
「…まぁうん、面倒臭い奴だからな。それに自由人だ。そいつも気づけば執務室から消えてる。お陰で俺は隊を抜ける時に会えなくて辞表を机に置いてくる羽目になっちまったしなぁ」
「ぇ……」
ノルンは思わずアトラスの言葉に困惑の声をもらす。
アトラスがここに居るのは騎士団を抜けてノルンと共に旅に出るという目的があったからだ。
そのために騎士団を辞職したという話はノルンも知ってはおり不安に思っていたのだが、今まで詳しく触れる機会はなかった。しかしまさか辞表1つで上官の許可なく騎士団を辞職をしてきたとは知らなかった。
思わずノルンの表情が固くなり、心做しか眉をひそめている。
しかしそんなノルンとは対照的にアトラスはけろりとした様子であっけらかんとしていた。
「にしてもヴァレリアかぁ〜。あいつがノルンの父さんの居場所を知ってるって言うのか…?なんかあんまり信用出来ないが………」
そこまで言ってアトラスは、ま、いいか、後のことは後で考えよう、とその人物を頭から追い出すようにぶるぶるっと首を振った。
ノルンとしては何となく釈然としない気持ちで会ったこともないのにヴァレリアに罪悪感が募っていた。
とにかくヴァレリアの件は一度置いておくことにしてノルンはダークブラウンで編み込まれたブーツを止めることなく前に出して先に進むんだのだった。




