180.筆頭騎士
グレイの言葉の意味が分からずノルンは首を傾げる。
(部隊に属していない…)
国家騎士団の騎士は基本何処かの部隊に所属し任務を遂行すると思っていたが、グレイの言葉通りならばそうでは無い。
騎士でありながら、部隊に所属していない騎士が存在するというのだろうか。
しかしその答えは次のアトラスによってもたらされる。
「おいおい…まじかよ」
アトラスはその顔に冷や汗を垂らし、どこか信じられないというような表情をしつつも口角を上げていた。
「アトラス…?」
「あぁ。…もしグレイの話が確かだとして、グレイの話の内容を踏まえるとするならば、ノルンの父親は筆頭騎士、なんだと思う」
「筆頭…?」
アトラスの言葉に再びノルンとアオイは首を傾げる。
初めて聞く役職だ。
その騎士は普通の騎士とはどう違うのだろうか。
「そういう事で間違いないのか?グレイ」
「ふ。あぁ。正解だ」
「…はは。まじかぁ」
アトラスがグレイに問いかければグレイは満足そうに頷いてみせる。
2人のやり取りの間でノルンとアオイは顔を見合せ、お互い首を傾げてる。
「ええっと…アトラス。その筆頭…騎士って?」
話についていけず、おずおずとアオイがアトラスを窺えばアトラスは軽く頷いてその役職について説明を始めた。
「…あぁ。えっとな、まず鷹の騎士は部隊に所属して任務を行う。これが基本だな。さっきアオイが言ってた通りだ」
「うん」
「鷹の中にも序列はある。見習い…または訓練生から始まり正規騎士…上級騎士、まぁあとは副隊長、隊長とかだな」
アトラスは適当な枝を拾って地面に書いて分かりやすく説明をする。
そして今言った序列を書き上げて、頂上に騎士団総長を据える。
しかし今のところ先程出てきた筆頭騎士という役職はどこにもない。
「うん?それで、筆頭騎士っていうのは…」
アオイもノルンと同じように疑問を感じたのか不思議そうな顔をしている。
そこでノルンはふと部隊長と騎士団総長との間に作られた余白に気づいた。
アトラスはあぁ、と言うと木の枝で不自然に空いた余白をトントンと叩いて見せた。
「筆頭騎士っていうのは…正確には少し外れた位置付けだが、まぁわかりやすく言うならここだな」
アトラスはそう言うと余白に筆頭騎士を付け加えた。
「…筆頭騎士って言うのは端的に言うとまぁ…とんでもない強さを誇る騎士の事だな」
そして筆頭騎士と書かれた所をぐるぐると枝で囲う。
アトラスの言葉に思わずノルンは目を瞬かせる。
「とんでもない強さ…」
「おう。ま、言葉選ばずに言うと化け物じみた強さの奴らだよ」
「えええええ…」
アトラスの言葉に圧倒されている様子のアオイにグレイが肩を竦めて補足する。
「…筆頭騎士…。知りませんでした。騎士団の中にそのような騎士様が居らっしゃるとは…」
ノルンは鷹の部隊長を担う兄を持つ。
そのため騎士団について話を聞くことは多かったが、今の今まで筆頭騎士という言葉を聞いたことすらなかった。
「…あ〜…うん。まぁ無理は無い。なんせ鷹に居た俺でさえ筆頭騎士についてはよく知らないからな」
「え?アトラスも?」
「あぁ」
そこでアトラスは苦笑を浮かべる。
「俺たちにとっても雲隠れした存在って訳だ。確か筆頭騎士は片手で数える程しか居なかったはずだ」
「えっ…!?」
そこまで言うとアトラスは一口ココアを口に含む。
そしていつもは爛々と光を灯すその瞳を半目にすると苦笑混じりにノルンを見つめた。
「それがまさか…ノルンの父親だとは」
「はは。そういう事だな」
「えええ〜…。そっかぁ、ノルンちゃんのお父さんって本当にすごい人なんだね」
「…いえ。その、私にもよく…」
呆れ笑いを浮かべるアトラス、余裕あるほほ笑みを浮かべるグレイ。尊敬の瞳でノルンを見つめるアオイ。
そんな視線を受けつつノルンもまた内心では理解が及ばず、現実味も持てなかった。
ノルン自身も今聞いた話に戸惑いを覚えつつ、少し落ち着こうとココアを口に含む。
「…アオイ〜。ノルンのお父さんがどうかしたの?」
「ん〜。つまりものすごく強い人ってことかなぁ」
「へぇ〜!そっかぁ…!ノルン〜すごいねぇ…!」
ははは、と苦笑を漏らしつつ簡易的にポーラの質問に答えるアオイ。その後ポーラにきらきらと輝く瞳を向けられ、ノルンは実感が湧かないまでも一瞬の間を置いて小さく頷くとその表情を和らげた。
しかしこれでグレイの話にも納得ができた。
ノルンの父であるシリウスは筆頭騎士故に命令があれば大陸各地に派遣されそれはそれは忙しない日々を送っているのだという。
「なるほどな。たしかに筆頭騎士なら会うことは難しいか」
「あぁ。だから確実にシリウスと会えるとは言いきれない。俺も今あいつが何処にいるかは知らないんだ。ごめんな、ノルンちゃん」
グレイは申し訳なさげに眉尻を下げてノルンを見つめる。ノルンはその言葉に緩く首を振った。
「いえ。グレイ様。父が生きていると知れた事。それだけで…私は___。本当に感謝の念に堪えません」
ノルンがそう言えば、グレイは何を言うでもなくふ、と小さく息を吐いて優しげに微笑んだ。
「だな。良かったな。ノルン」
「はい」
アトラスに笑いかけられノルンが頷く。
しかしそこでアオイはふと先程のグレイの言葉を思い出しグレイを見た。
「あれ…でも父さん。さっき半分は…って言ってたよね?もしかしたらノルンちゃんのお父さんと会えるかもしれない方法があるってこと….?」
アオイの言葉にノルンとアトラスはぴくりと反応するとグレイの返答を窺うように静かにグレイを見つめた。
それに対してグレイはその口元の笑みを深める。
そして確かに頷いたのだった。




