178.報告と約束
迷宮を見事踏破し、ノルン等が迷宮を出た頃には空は薄らと白み、朝日が地平線の先から登ろうとしていた。
少し肌寒い空気にアオイが服の上から腕をさする。
迷宮の中も肌寒かったが、外に出れば秋から冬に移ろうとする季節の肌寒さを感じた。
アトラスは迷宮から出るなり外の空気を鼻から目一杯に肺に吸い込む。
「はぁ〜。やっと外に出られたな」
深呼吸と同時に身体を伸ばすように腕のストレッチをするアトラス。
迷宮の中は言ってしまえば基本ほとんど光の届かぬ要塞のような場所だった。常に薄暗く知らぬうちに閉塞感が付きまとっていたのだろう。
外に出た瞬間、開放感に身を包まれる。
「あれ?見てみて〜ノルン。誰かいるよ〜」
足元を歩くポーラに袖をくいくいと捕まれノルンは首を傾げながらも顔を上げる。
アオイとアトラスも同様にポーラの指さした場所を凝視する。
すると確かにそこには人影が見えた。
木の丸太に腰掛けているその人物はノルン達が気づくと同時に立ち上がった。
「ん?…あぁ。あれはグレイだな」
アトラスが眉根を寄せて目を細めてその人物を確認する。さすがに毛のある動物族は五感が優れている。ノルン達にはぼんやりとしか視認できないものでも、ポーラやアトラスには見えているようだ。
ノルン達がグレイの傍まで近づいた時、やっとグレイがどんな表情をしているのか知ることが出来た。
グレイは近づいてくるノルン達を見てどこか呆然としていた。
「よぅ。グレイ。待たせたな」
「父さん。約束通りノルンちゃんは迷宮を攻略してきたんだよ」
アトラスやアオイが話しかけてもグレイは薄らと目を見開いて返事をしない。
そればかりか、まるで信じられないというように冷や汗を垂らしていた。
「…な…え?…ええ?」
そして困惑を浮かべて眉根を寄せる。
「…もしかして、本当に攻略して来たのか?」
「あぁん?お前が言ったんだろ?」
「いや、それはそうだが…」
戸惑うグレイにアトラスは首を傾げる。
するとグレイは言葉に詰まって、アトラスから視線をノルンに向ける。
しかし未だ信じられないという言った様子でその表情には困惑が浮かんでいる。
ノルンはそんなグレイにあるものを手渡した。
「…ん?これは…」
「迷宮最深部に納められていた魔導書です」
ノルンの言葉にグレイはぴくりと反応を示す。
そして今一度目を見開いてノルンを見返す。
「…本当に…」
「はい。信じていただけますでしょうか」
ノルンは真っ直ぐな瞳でグレイを見つめ返した。
グレイはその瞳を見つめ返すと数秒見つめあった後に盛大なため息を漏らした。
「はぁ〜〜〜〜〜」
「おい。なんだよ」
「マジかぁ〜〜〜」
「父さん?」
がしがしとグローブをはめた手でグレイは頭を搔くと俯く。その様子にアトラスは怪訝な表情を示しアオイは首を傾げた。
しかし顔を上げた時には先程とは一転してグレイは愉快そうに口元に笑みを浮かべていた。
「はぁぁぁぁ。マジかぁ。ははは」
「何なんだよ」
「はは。いや、悪かった。うん、いや、そうか。本当にこの不落の迷宮を踏破したんだな」
「はい」
「うん」
グレイは晴れやかな表情でノルン、そしてアオイに視線を移した。
アオイを見たグレイは視線を細め、優しく口元に弧を描く。その表情は親そのもので、ノルンはその眼差しをどこか遠く感じていた。
「父さん。約束、覚えてるよね?」
「おぅ。勿論だ」
アオイははっとすると迷宮に潜るきっかけになった約束を思い出す。
少しばかり表情を引き締めると確認するようにグレイに問う。それにグレイが深く頷けばアオイはその表情を明るくした。
「やったね。ノルンちゃん。ようやくノルンちゃんのお父さんの居場所がわかるね」
そして隣のノルンに向かって微笑む。
ノルンはグレイの返事にぴくりと肩を揺らしていた。
内心では鼓動が小さく跳ねて、高揚感と緊張を感じていた。
グレイが体の向きを変えてノルンに向き直る。
ノルンは釣りあがった猫目の瞳と視線を合わせる。
ノルンは小さく息を吸い込んだ。
「…グレイ様。約束通り、父の…居場所を教えていただけますか」
「うん。約束したからね」
「…ありがとうございます」
ノルンは無意識に両手で持っていたトランクを持つ手に力を込めた。
ゆっくりと登ってきた朝日がノルンの瞳に光を指し、美しいホワイトブロンドを輝かせた。
グレイの言葉に意識を集中させる。
しかしグレイから返ってきたのはどこか気まづそうな返事だった。
「あ〜…うん。勿論教える。教えるんだけど…」
「んぁ?何勿体ぶってんだよ」
「…え…父さん、まさか知らないわけじゃ…」
「いや!待て!違う!!そうじゃない…!!そうじゃないんだが、」
突然態度を曇らせたグレイにアトラスとアオイは怪訝な表情を浮かべる。
グレイは途端に焦ったように2人を宥める。
しかし目の前のノルンを見て、再びがしがしと頭を搔く。その様子はどこか気まづそうに、都合が悪いように見えた。
もしかすると、本当にグレイは父であるシリウスの居場所を知らないのだろうか。
そうノルンの胸に不安がよぎった時だった。
グレイにもノルンの考えていることがわかったのか、小さく溜息をつき、どこか諦めたように顔を上げると真っ直ぐ正面からノルンを見据えた。
「…ごめんな。ノルンちゃん。俺も今のあいつの詳細な居場所は分からないんだ」
そして眉を下げてどこか悲しそうにそう告げたのだった。




