177.解読不能の古代書物
ノルンは片手で書物を支え、残った片手でぱらぱらとページを捲る。
そして適当なページでその手を止めるとじっとそこに連ねられた字体を凝視する。
「………………」
ノルンが黙って書物に視線を落としていると、ポーラと共に書物を覗き込んでいたアオイが口を開いた。
「そっかぁ。それじゃあ内容は分からないんだね」
残念、とアオイが呟き眉尻を下げながら微笑む。
しかしそこで自身で呟いた言葉にアオイはふと頭を傾げた。
「…ん…?あれ、でもこの前ノルンちゃん…」
きょとんとした顔のアオイに名を呼ばれ、ノルンは書物から視線をあげるとアオイと視線を合わせる。
そしてアオイの言おうとした言葉の続きを察したように小さく頷いた。
「___はい。古代文字であれば解読をすることは可能です」
「ん?そうなのか?」
そう。アオイの言う通りノルンは古代文字の解読ができた。魔法の中には、魔法が栄華を誇った時代、つまり古代の魔法も多く存在している。
そして大抵それらの魔法を記す魔導書は古代文字で書かれていることが多い。
そのため様々な魔法を使えるようになりたいと日々魔導書を漁っていたノルンにとって古代文字の解読は無くてはならない知識だった。幼いながらもたくさんの古代文字解読資料や古代文字についての文献を家中に広げた。たまにフローリアに教授してもらうことはあったものの、ほとんどはノルンが独学で学び得た知識だ。
アオイは以前ノルンが古代文字で書かれた魔導書を読み込んでいたから知っていたのだろう。
それ以外でもここ最近のノルンは夜中になれば魔導書の解読に勤しんでいたが、どうやら夜になるとすぐに眠くなってしまう朝方のアトラスは知らなかったようだ。
今も初耳だというような顔をしている。
「ノルン〜その本を読めるの?」
ボーラがアオイの腕の中から身を乗り出してノルンの手元の本にぐいっと身体を近付ける。
期待に満ちた瞳を見ると少しの罪悪感が募る。
ノルンは申し訳なさそうにポーラに向かって首を左右に小さく振る。
「いいえ。ポーラ。私はこの書物を読むことはできません」
「え?どうして?ノルンちゃん」
「古代文字を解読できるんだろ?」
ポーラを抱えるアオイが首を傾げた。アトラスも同様に。
ノルンは書物に視線を戻すと連ねられたインクの上に手を滑らせる。
「..この書物に書かれている言語はどうやら...普通の古代文字ではないようです」
「え?」
「恐らく古代文字の中でも更に特殊で稀な字体の様に思います。何処かで見たことがあるきはするのですが、生憎私はこの言語の解読方法をしりません」
何処かで見覚えがある様な気がする不思議な文字列。しかしその言葉の意味を掴むことはできず、まるで異国語が並んでいるように見えるだけだ。
「そうか、残念だな。こんな場所に安置されているのなら何か重要な秘密でも書かれていそうもんなのに」
アトラスが冗談交じりに肩を竦めてみせる。
確かにこの本の内容は気になるところだ。
ノルンの性格上一度触れてしまえばその知識欲を抑えるのは無理難題に近い。
今だってそう。
このまま書物の中に何が記されているのか分からず此処を発つのはどうにも後ろ髪が引かれる。
「…アル。此方の書物は私が持っていってもいいのでしょうか」
だから気づけばそう口に出していた。
ノルンが半ば縋る気持ちでアトラスに聞けばアトラスは一度ん?と首を傾げたあとでおう!、と爽やかな笑みを浮かべた。
「いいと思うぜ?基本迷宮の遺物や宝は見つけたヤツの自由だからな」
「そうなのですか?」
「おう。それ、気になるのか?」
首を傾げるアトラスにノルンは無言で小さく頷く。
「そっか。いいと思うぜ」
「よかっね。ノルンちゃん」
アトラスは一瞬ちらりとノルンが腕に抱く書物に視線を移したあとでなんてことのないように屈託なく笑う。
その言葉にノルンは無意識に瞳を薄く見開くと美しい宝石目を心做しか何時もより輝かせた。
そんな様子のノルンにアオイも緩やかな微笑みを返す。
アオイの言葉に頷きながらノルンはもう一度手元の書物に視線を落とす。
幾度となく迷宮探索を行っている国家騎士団の元副隊長が言うのであれば安心してこの書物を持ち帰ることが出来る。
どうにかして解読することは出来ないだろうか。
昔読み漁った古代文字の資料はどこへ行っただろうか。
そんなことを考えながら大切そうに迷宮の戦果である書物をトランクの中へと収納したのだった。




