171.大地揺るがす咆哮
ノルン、アトラス、アオイの三人は正面に鎮座する圧倒的存在感を放つワイバーンと向かい合う。
ワイバーンもまた三人をそのギラつく視界に捉えると目を細め、そして天を仰ぎ再びけたたましい咆哮を放った。
放たれた咆哮に再び空気が振動する。
「来るぞッ!!」
次の瞬間にはワイバーンは鋭い爪を持った手を勢いよくノルン等のいた場所に振り下ろした。
ノルンは瞬時に飛び上がり、攻撃を避ける。
石を砕く音が聞こえた時には既に一秒前、ノルン等のいた場所はワイバーンの爪によって砕かれ瓦礫とかしていた。
その一撃の重さにアオイは顔を青ざめさせる。
もし攻撃がかすることでもあればその瞬間に命の灯火は消え失せるだろう。
しかしそのような死と隣り合わせの状況だと言うのにも関わらず、ノルンは冷静にワイバーンの攻撃を掻い潜りながらワイバーンに有効な攻撃手段を考えていた。
(…恐らく大抵の攻撃魔法は通用しない。ワイバーンに通用する程の強力な魔法___)
アトラスとアオイが二手に別れワイバーンを撹乱している。
ワイバーンの意識がどちらかにそがれ、隙ができたところを攻撃する。
アトラスの発砲音とノルンが放った魔法が閃光のように弾けワイバーンに衝突する。
「はは、無傷かよ」
「アル」
アトラスの言うように振り返ったワイバーンはまるで背をかすった何かに首を傾げる程度でダメージは皆無のようだ。
ノルンとアトラスが合流する。
しかしそこでノルンはアトラスの表情を見て思わず首を傾げる。
「アル。楽しそうですね」
「ん?いや?まさか」
ノルンがそう言えばアトラスは即座に否定したがその口元は上がっていてノルンは自分のことを棚に上げて強敵を前にしても全く怯む様子のないアトラスに思わず頬をゆるめた。
「あ。ノルン、アオイがやばい」
「物理攻撃魔法」
アオイはワイバーンの口先の鱗にしがみついていたがワイバーンが勢いよく頭を降ったことで振り落とされる。
そして受け身も取れないままワイバーンの鋭い爪がアオイに空中で襲いかかる。
アオイは脳内で自分の命日だと確信した。
しかしそうなる前にノルンが後方から防御魔法を放つ。
結果アオイは落下から免れることは出来ず瓦礫に勢いよく衝突して行ったが、致命傷を受けることはなかった。
ノルンの放った結界にワイバーンの爪は阻まれる。ワイバーンは不快を示しどうやら標的を変えるようだった。
「ノルン!行ったぞ!」
「はい」
ワイバーンに次にロックオンされたのはノルンだった。
ワイバーンはノルンを睨みつけると再びカチカチと牙を鳴らす。
(___来る)
ノルンはすぐさま飛び上がり空中で浮遊すると攻撃を放たれる前に魔法を撃ち込む。
「高圧縮物理攻撃魔法」
ノルンの周囲に九つの魔法陣が出現すると魔法陣から勢いよく放たれた魔法が次々にワイバーンの顔に命中した。
「良くやったノルン!」
煙の奥でアトラスの声が聞こえる。
ノルンはじっと煙の中を凝視する。
すると何かがきらりと光る。
それはアトラスの二丁拳銃だった。
二丁拳銃の装飾部分に光が走り直後にドドンッ、と2発の発砲音が響く。銃から放たれた弾丸は目で負えないほどの凄まじい速度で見事寸分の狂いもなくワイバーンの胸中心を抉った。
瓦礫から起き上がったアオイも丁度その瞬間を目にしたのか瞳を丸くする。
次の瞬間ワイバーンは凄まじい悲鳴をあげて悶絶した。その咆哮とは異なる張り裂けそうな叫びに思わずノルンは眉を寄せ顔を歪める。
悶えるワイバーンがところ構わず尻尾を振り回し、広間の地面は砕かれ、壁は崩落する。
「うおッ!?」
「アル…!」
「ノルンちゃん危ないっ…!!」
アトラスの元にもワイバーンが壊した石柱が降りかかる。ノルンが向かおうとするが、手首を掴まれたと思えば後ろに引き寄せられるように身体の重心が傾く。困惑しながらも後ろに倒れ込めばアオイがノルンを瓦礫から守るようにノルンの頭部を抱きしめた。
思わず驚いて目を丸くした瞬間ノルンの耳にも間近で瓦礫の崩落音が響いた。
「…ぐっ…」
「アオイさん…っ…」
アオイが歯を食いしばるような声が聞こえ、ノルンは焦りアオイの名前を呼ぶ。
数秒して崩壊音がやんだ頃にアオイはゆっくりとノルンから腕を離した。
「…アオイさん、お怪我は…」
「…少し背中に掠ったくらい。全然大丈夫だよ」
眉を下げアオイの様子を窺うノルンにアオイは一瞬身体をはなす過程で痛みからかぴくりと顔をゆがめたがすぐにノルンを安心させるように柔らかな笑みを浮かべた。
今すぐにでも状態を確認し、治療をしたい所だが。
「それより、アトラスは…」
アオイの言葉にノルンははっとして顔を上げ先程までアトラスが居た場所に視線を移す。
しかしそこは瓦礫の山と化していてアトラスの姿はない。ノルンの瞳が見開かれる。
その時だった。
「ノルン!アオイ!無事か!?」
背後から聞こえた声にノルンははっとして即座に振り向く。そこにはブランの背に乗ったアトラスが居た。
アオイもアトラスの姿に安心したようにぱっと顔を明るくさせる。
「アトラス…!良かった!」
「あぁ。石に埋もれる前にブランに助けられた」
アトラスはノルンとアオイの元までやってくるとひょいっとブランの背から降り立つ。
ブランが保護しているポーラは未だに意識を飛ばしているようだ。
ノルンはアオイと話していつも通り二カッと屈託なく笑うアトラスの姿に小さく息をついて静かに安堵したのだった。