167.最後の難所
先へと進むにつれて魔力濃度がどんどん高くなっているのをノルンは肌で感じていた。
ノルンの瞳にはその高い魔力濃度が小さなダイヤモンドダストのようになって輝いていた。
「ノルンちゃん、どうかした?」
隣を歩いていたアオイが柔らかな笑みを浮かべて首を傾げる。
「…いえ、ここら辺はかなり魔力濃度がかなり高いようなので」
「エーテル…えっと魔法使いの人達が使う魔力のことだよね」
「はい」
「そうなのか?やっぱり俺たちにはわからないもんだな」
「うん」
ノルンとアオイの会話にアトラスが顔だけを振り向かせて言う。
「はい。それもかなり…ここまでの濃い密度の魔力は感じたことがありません」
「へぇ。そんなにか」
「はい」
ノルンが手を差し出せばその手の上にキラキラと雪のような光が降り積もりノルンの手からこぼれ落ちていく。
そんなノルンをアオイは隣で眺めていた。
「ノルンちゃん何だかいつもと違う…?」
「…そう、でしょうか。自分では特に何も意識はしていないのですが」
「う〜ん、なんだかいつもよりご機嫌…というかリラックスしてるように見える」
首を傾げるノルンにアオイはくすりと微笑む。
「…リラックス…」
アオイの言葉を復唱すればアオイはうん、と頷く。
言われてみて、ふと考える。
確かにそうなのかもしれないとノルンは思う。
この迷宮に足を踏み入れた時にも感じた。
外の世界よりも密度の高い魔力に身体が軽くなるような心地良さを感じている。
そしていつもよりも魔法の調子も心做しか良いように感じる。
「言われてみればそうかもしれません。密度の高い魔力にあてられて調子が良いように感じます」
「そっか。魔法使いにはそんな事があるんだね」
感心したようにアオイが頷き口角を上げればアトラスがいや、と訂正を入れる。
「そうとも限らねぇみたいだぜ」
「そうなの?」
「おう」
アトラスの言葉にノルンも少しばかり首を傾げる。
「鷹にも数は少ないが魔法使いは居た。迷宮探索の際には勿論そいつらも同行して行ったんだが…俺が聞いた話によれば魔法使いは迷宮の高い魔力にあてられて気分を悪くしたらしい」
「えっ」
アトラスの話はノルンとは真逆のものだった。
アオイが驚いたように声をあげればノルンもまた初めて知ったというような顔をした。
「それじゃあ…みんなが皆ノルンちゃんみたいに調子が良くなる訳じゃないんだ」
「そうみたいだな」
「…そうだったのですか」
ノルンの言葉に頷きながらアトラスは前に進みつつノルンを顔だけで振り返る。
「むしろ俺が迷宮に行った魔法使いの中でぴんぴんしてるのはノルンが初めてだ」
「そう、なのですか」
口角を上げて話すアトラスにノルンはどこか複雑な心情で返事をする。
それは果たして良いことなのだろうか。
自分は迷宮を訪れた他の魔法使いとは何か異なるのだろうか。
そう思考した瞬間、一瞬脳裏に幼い頃に他の子供たちから罵られた言葉が思い浮かぶ。
_____“化け物”。
一瞬薄く宝石の瞳が揺れ、見開かれる。
ノルンはきゅ、と胸に手を当てて服を握る。
そんなノルンの横にブランにのったポーラがやってきて瞳を輝かせてノルン、アトラスを見比べる。
「なになに〜どおしたの?」
「ん?いや、ただノルンはすごい魔法使いだって話だ」
ポーラの声にはっとしてノルンが顔を上げればアトラスの返答に対してポーラは大きな瞳を目一杯大きくして黒曜石のような瞳を輝かせた。
「うん…!ノルンはすごい…!つよいし…やさしいし…きれいだし〜」
「はは、そうだな」
機嫌よく身体を揺らし自分の事のように嬉しそうなポーラにノルンは訂正の言葉を紡ごうとする。
しかしそれはご機嫌なポーラにより阻まれてしまた。
「ね。アオイ〜」
にこっとポーラが笑いかければアオイもまたくすりと一つ微笑みをこぼした。
「うん。そうだね」
アオイの言葉にノルンがどう否定しようかと少し困り眉を浮かべたところでノルンの前を歩いていたアトラスが足を止めた。
そして高く高く、一層高く天井まで隙間なく取り付けられた最強に頑強そうな扉を見上げる。
美しい植物と何やら龍のような生物が悠々と空を舞う彫刻が掘られた扉を。
「わわわわ…あぅ…さっきより大きい〜」
巨大な扉を下から上へと視線で追ってまたしてもポーラはころんと後ろへとひっくり返る。
柔らかな草木の匂いと埃の匂い。
暖かなポゥの明かり。
そして扉の奥から伝わる緊張感。
アトラスはこんこんと音のしない扉を指で叩くとにやりと口角を上げ、まるでその先が透けて見えているかのように扉を一心に見つめた。
「いよいよだな。最後の難所だ」
「…えっ」
アトラスの言葉に肩を揺らすアオイの横でノルンはアトラスの横に進みでると小さく頷き恐らく最深部へと通ずる扉に触れた。
(…此処を踏破すれば___父の手掛かりが)
美しい少女の表情が引き締まると共に空気が締まる。
アトラスは隣の少女を見上げ笑みを深めたあと二丁拳銃に手をかけるのだった。




