166.小休止
ナイトキングを倒し、魔鉱石を採取して簡単な手当を済ませ再びノルン達は迷宮最深部へ向けて足を進めていた。
アオイの身体には所々ガーゼが貼られていたり包帯が巻かれている。
その他のメンバーは特に治療するほどの傷は負っておらず治療を受けている最中アオイだけが申し訳なさそうにしていた。
また気絶していたポーラもノルンがアオイの手当てをしている時に目を覚ましナイトキングを目覚めさせてしまったことに泣いて謝罪をした。
今ではブルブルと震えていた様子はどこへやらと言った感じで美しい彫刻のされた石の螺旋階段と、生い茂る植物の幻想的な空間に瞳を輝かせ、軽い足取りで階段を降っていた。
「…ん、水の音がするな」
「え?ほんと?僕は何も聞こえないけど…」
「ううん!僕も!あっちからかな?」
階段を下る最中アトラスが耳をぴくぴくと動かす。
アオイとノルンにはその音は聞こえないが、ウール族である彼らやブランは聴力が優れており、ノルン達には聞こえない遠くの音までも聞くことが出来る。
「こっちだな」
階段を降りるとどうやら先程の閉鎖的な空間とはまた違うどこか幻想的で開放的な空間が広がっていた。
あちらこちらに生い茂る緑や少しの花が美しくも此処が長年放置されていた古代の建築であるということを実感させる。
「あ、本当だ。水の音がする」
「もう近そうだ」
アトラスとポーラの案内について行けば壁面からちょろちょろと水が流れ出ている場所にたどり着いた。
ノルンは水を手ですくうアオイを眺めてから少し辺りを見渡した。
(…この階層は何だか植物が他より育っている。この湧水のおかげなのかもしれない)
迷宮に入ってからどれ程の時が経ったかわからない。
もう1日、2日は過ぎたのだろうか。
それともまだ1日も過ぎていないのか。
日の光を通さないこの迷宮では時間の感覚さえ失う。
アオイは透き通る水を見つめてこくりと一口口に含んだ。
「あ。おいしい」
「アオイ〜、僕も飲みたい〜」
「うん」
アオイが足元で懇願するポーラを抱き上げて水を飲ませてやる。ブランもまた喉が渇いていたのか湧水を受け止める水受けのように窪んだ場所に溜まった湧水をチロチロと飲んだ。
「少し休憩するか」
「はい」
アトラスはそんな面々を眺めると壁に背をつけて座る。ノルンもまたその近くに腰を下ろす。そして水を飲み終わったブランがノルンにぴったりと寄り添うように伏せるとノルンの膝に顎を乗せた。
ちょろちょろと水の流れる音が響き、草の湿った匂いが鼻をつく。
「大分進んできたような気がするけれど最深部ってあとどのくらい先なんだろう」
ポーラを地面に下ろしたアオイもまたアトラスとノルンに向き合うようにして腰を下ろす。
「どうだろうな、まぁ俺も迷宮には行ったことがないから詳しくは分かんねぇけどもう大分いい所までは来てると思うぜ」
「何故ですか」
ノルンがブランの頭を撫でながらアトラスに顔を向ける。
「古代遺物が大好きな奴がいてそいつから聞いたことがある。迷宮には何かしらの役割があるらしい。それは祭事を行うとか貴重な遺物を隠すためだとかまぁ色々らしい」
辺りを見渡していたポーラも満足したのかアオイの隣に腰を下ろした。
「そんで大体そういうのは迷宮最深部にあってまぁ理由はよくわからんが、そこに近づくほど魔物が強くなるそうだ」
「そっか、じゃあさっき戦ったナイトキングっていうのは…」
「あぁ。ナイトキングは確かそこそこの階級の魔物だったはずだ。ほら最初はスライムとかだったろ?」
「たしかに。先に進むほど魔物が強くなってる気がする」
だろ?、とアオイに声をかけるアトラスは腰を上げながら続ける。
「ま、俺の勘じゃそろそろラスボスのお出ましでもおかしくない」
「…えっ」
「はは、ま、何とかなるさ」
腰を上げたアトラスは気合を入れるようにくいっと帽子のつばをあげた。
アトラスは楽観的に笑うがアオイは少しぶるりと身をすくめて顔を青くした。
「うし、そろそろ行くか」
アトラスの言葉にノルンも腰をあげる。
そしてアオイも顔を青くしたまま観念したように腰を上げた。
「…ノルン〜まだ敵が出るの…?」
ポーラも話を聞いていたようで不安げにノルンの裾を掴む。
ノルンはポーラの脇に手を差し込んでそっと軽い身体を持ち上げブランの背に乗せる。
「安心してください。ポーラは私が守ります」
そして頭に優しく手を置いてやれば可愛らしい大きな瞳のシロクマは顔を明るくさせた。
その表情を見たノルンの表情も少しだけ和らぐ。
「んじゃノルンを守るのは俺らの役目だな。アオイ、ブラン」
「…そうだね。うん」
アオイはアトラスの言葉にようやく不安がっていた表情を和らげていつもの様に優しく微笑んだのだった。




