164.打開策
激しい攻防が繰り返され、既にアオイは汗を滴らせびりびりと渋れる腕に耐えていた。
「このままだとまずいな」
同じく石柱に身を隠し装弾するアトラス。
「…アル。先程の魔力弾は使えないのですか」
「…使えないことは無いが、俺の魔力はもちろんお前らと違って少ない。恐らくまだこの迷宮にはとんでもない魔物が潜んでいるはずだ。温存しておくつもりだったが…」
背に腹はかえられねぇか、そうアトラスが呟くのをノルンは口を噤んで聞いていた。
アオイの限界は近いだろう。
むしろよく現在まで持ちこたえている方だと言っても良い。
ノルンはどうにか自分でできる打開策はないかと思考をめぐらせる。
(…やはり確実に倒すには核の破壊は不可欠__)
「ノルン!来るぞ!」
「はい」
考えている間にもキングナイトはその重い一撃で地を割り、空を斬る。
降りかかる石の雨を避けながらノルンはアオイのサポートを行う。
(…動きを封じるだけでは足りない。何か強力な魔法を___)
「物理防御魔法」
吹き飛ばされ、地面に膝を着くアオイにキングナイトが勢いよく踏み込んで斬りかかる。
すかさずノルンは防御魔法を放つ。
結界とキングナイトの一撃が衝突し電気が走るような音が鳴り、空気が揺れる。
(…電気、雷を落とす魔法…それとも光の裁きの魔法…)
否。どちらも範囲が広く下手をすればアオイやアトラスにまで危害が及ぶ。
それならば___。
そこまで考えてノルンははっとする。
先程アトラスは説明の中で言っていた。
魔力弾は普通の弾丸より遥かに一撃の威力を高めることが出来る。分厚い龍の鱗でさえも貫くと。
(…威力)
そうだ。威力を高めればいい。
ノルンは杖の柄をぎゅ、と握りしめる。
その瞬間、再びとてつもない戦闘音が響いた。
また一本がらがらと石柱が崩れ落ちる。
勢いよく頭部を上げて状況を把握する。
そこでノルンは薄く目を見開いた。
「アオイさん…っ」
まばらに斬られた石柱が戦闘の激しさを物語る。
そして今一度倒壊した石柱の下にアオイは潰されていた。
今は身動きが取れないアオイに代わりアトラスがキングナイトと向き合っている。
「すぐに瓦礫をどかします」
ノルンは魔法ですぐさま瓦礫を浮かして退かすとアオイの上半身を抱える。
「アオイさん。ご無事ですか、アオイさん」
その身体は傷だらけで服もひどく汚れて、ところどころ切り傷から赤が滲んでいる。
ノルンが名を呼べば、数回目のところでアオイは咳き込んで瞳を開けた。
「…ノ…ルンちゃ…」
「お守りできず、申し訳ありません。後は私とアルにお任せ下さい。私が敵を倒します」
「…ぇ」
透き通るアクアマリンに少しもぶれる事の無い少女の顔が映る。
アオイは思わず目を見開くと胸が傷んだのか小さく呻き声を漏らすと胸の当たりの服をきつく握る。
「戦闘が終わり次第すぐに治療致します。少しご辛抱ください」
ノルンはアオイを支えていた腕を慎重に下ろす。
そしてノルンは杖を握り、アトラスとキングナイトを見据える。
「…ま…待って、ノルンちゃん」
アオイは未だに胸を押えながらも立ち上がったノルンを見る。
ノルンの視線がアオイに向けられる。
「はい」
ノルンが返事をするとアオイは傍らに置かれていた自身の剣に手を伸ばした。
ノルンが薄く目を見開く。
「…ノルンちゃんならあの敵を仕留められる…?」
ノルンは頷いた。
「___はい。やってみせます」
そして普段と変わらぬ真っ直ぐな眼差しでそう言った。アオイは少女の表情に思わず笑みをこぼした。
「___うん。そっか。…じゃあ最後まで僕に護らせて」
「アオイさん。しかし___」
その身体では、ノルンがそう続けようとしてアオイはほほ笑みを浮かべたまま首を小さく降った。
そして石柱を支えにして何とか立ち上がる。
「___このままじゃ駄目だと思ったんだ。僕も強くなりたい。このくらいの敵を倒せないようならきっとノルンちゃん達の旅には着いていけないと思うから」
薄くほほ笑みを浮かべながらアオイは言う。
ノルンはそこで薄く開いていた唇を閉じると、アオイと視線を合わせて小さく頷いた。
「___承知しました」
「うん。じゃあ頑張ろう」
「はい」
アオイの言葉に一瞬ノルンの表情が和らぐ。
しかしすぐにその表情は引き締められると少し先で石柱を破壊しつつアトラスと向かい合うキングナイトを捉えた。
アトラスとキングナイトが真正面の近距離で向かい合った。キングナイトは体制が不十分だ。
アトラスが、ここだ、と言うように二丁拳銃を構える。アトラスが引き金に指をかける。その瞬間先程の時のようにアトラスの拳銃に光が走る。
「アル…!」
その光を目にした瞬間ノルンはアトラスに制止をかけるように名を呼んだ。
アトラスははっとするとすぐに攻撃の体制から防御の体制へと移る。
腕を胸の前で交差し訪れる衝撃に備える。
しかしアトラスに想像していた衝撃が訪れることはなく、再び石柱が倒壊する音が聞こえ、煙が舞ったかと思えばアトラスの前にはノルンが立って防御魔法を放っていた。
アトラスが攻撃態勢に入るより先にナイトキングが先手を打って斬撃を飛ばしていたようだ。
ノルンがいなければ良くて相打ちだった。
アトラスは目の前の少女に礼を告げる。
少女はいつもの様に小さくいえ、と告げると振り返らぬまま呟いた。
「…アル。やはり私にやらせてください。私があの敵を倒します」
と。




