158.トラップパーティ
落とし穴の洗礼を受けたあと、それはもう迷宮の罠づくしだった。
迷宮初心者のノルン達にはどのような場所にどのような罠や仕掛けが張り巡らされているのか想像もつかない。
そして大抵罠や仕掛けを発動させてしまうのは小さなシロクマだった。
「はぁ…はぁ…疲れたよ〜…」
そう言って思わず手をついた壁にあるでっぱりを触れてしまえば、突如進んでいた廊下の背後から金属の四方八方に棘のようなものがついた鉄球が転がってきたり___
「ええええっ…!?何あれッ…!?」
「知るか…!とにかく走れーーーーーッッッ」
走って逃げた先では床に躓いて、足でなにかの装置を起動してしまったのか、その拍子に四方八方の壁が迫ってきたり。
「うわぁぁぁんっ…!ごめんなさいいぃぃい…!」
「流石にまずい…!こういう仕掛けには必ず止める仕掛けもある!急いで探せ…!!」
また好奇心旺盛に飛び込んだ宝の部屋で宝箱に擬態した魔物に食べられたり。
「ここは宝物庫…なのかな」
「はい。その様です」
「ん?ポーラは何処だ?」
「たぁすけてえぇぇぇっ…!!」
人の気配を悟って仕掛けを繰り出す魔法が掛けられている場所に平気で飛び込み、矢の雨を降らせたりした。
「…物理防御魔法」
矢の雨が触れる直前ノルンが防御魔法を繰り出し、覆ったことで誰も怪我をすることはなかった。
ノルンの結界に当たって砕けた矢が地面にカランカランと落ちるとノルンは仲間を振り返る。
「…怪我はありませんか」
「うん、ありがとう。ノルンちゃん」
「ノルンのお陰で傷一つ無いぜ!」
びっくりした、と冷や汗を浮かべながらも礼を告げて微笑むアオイにノルンは小さく頷く。
またありがとな、と笑うアトラスを見て、最後にポーラに視線を向ける。
ポーラも平気ですか、そう声をかけた。
しかし俯いているポーラは顔をあげない。
心做しか小さく震えているように見える。
心配したノルンがもう一度名を呼べば、勢いよくポーラが顔を上げる。
そこでノルンは思わず驚いて伸ばしていた手を止める。
顔を上げたポーラは涙をぼたぼたと零して鼻水を小さな鼻から垂らしてそれはもうおんおんと泣いていた。
そんな様子のポーラを前におろおろとしてとりあえずポーラの小さな背中をを撫でるノルンの代わりにアオイが理由を聞けば、どうにも全て自分のせいでノルン等に危険が及ぶことに自責の念を感じていたようだった。
ノルンやアオイ、アトラスが必死に慰めてもポーラは涙を止める様子はなかったので解決策としてその後のポーラはノルンのフードに入り、ノルンと行動を共にするという案でようやく涙を止めてくれたのだった。
「よし、これでいいな。ポーラ、ノルンと一緒なら怖くないだろ?」
「…う"ん」
ひょいとアオイがノルンのフードにポーラを座らせればポーラはノルンにしがみついて何度も小さな頭をこくこくと縦に振って頷いた。
「…ごめんねぇ…ノルン」
「いえ。私もポーラが居てくれて心強いです」
再び歩き出したおりに、ポーラが小さく謝罪を述べる。ノルンが素直に自分の気持ちを告げるとポーラはまたその大きな瞳を潤ませた。
迷宮内には魔物も数多く存在していた。
スライム。ゴブリン。ガーゴイル。ルーキット。
そして現在、ノルン達は重苦しい一つの扉の先___薄暗く、大きな数本の石柱が立ち並ぶ部屋へと足を踏み入れた。
部屋に入った瞬間、4人と一匹は足を止める。部屋の四方に左右に向き合うようにして四体。
部屋の一番奥にあたる部分に一体。
それは居た。
「わぁ〜鎧だぁ〜!かっこいいね〜」
そう。それは五体の鎧だった。
鎧はそれぞれ両手で剣を持ち、足の間に突き刺している。まるでただ鎧が飾ってあるように、それは見えた。しかしどことなく禍々しい気配を放つそれにノルンはピクリと反応する。
そしてポーラがそう言って瞳を輝かせノルンの肩口から顔を覗かせた瞬間だった。
「なっ…!駄目だッ!!」
「危ないッ…!!」
瞬きをして目を開いた瞬間ノルンの瞳には鋭い剣の切っ先が映っていた。
全ての景色が、動作がスローモーションに見えて、ノルンの大きな瞳がゆっくりと見開かれる。
(___防御魔法)
___いえ、きっと間に合わない。
そう思った瞬間だった。
勢いよくノルンの身体が後方に引き寄せられ、気づいた時には身体は地面に倒れ込んでいた。
ノルンに手を伸ばしたのはアオイでノルンの身体が床に打ち付けられる際にはアオイがノルンを庇うように抱きしめたことで思ったような衝撃、痛みは感じなかった。
「…っ…」
床に倒れ込んだノルンが身体を起こす前に甲高い音が部屋に反響して鳴り響く。
はっとして目を開ければノルンの先程までいた場所には襲いかかってきた鎧が一体。
そして短剣でその剣先を受け止めるアトラスが居たのだった。
「……アル…!」
「アオイ!よくやった」
ノルンが慌てたようにアトラスの名を叫べばアトラスはノルンに背を向けたまま一言そう言った。
両者の剣が弾き返される。
それを合図にアトラスは軽い身のこなしで一度後退する。
「アオイさん、ありがとうございます」
「ううん…!間に合ってよかった…!」
急いでノルンも身体を起こし立ち上がる。
ノルンとアオイの足元にアトラスが身軽に降り立った。
「アル」
「平気だ。それより気をつけろよ。彼奴らはアンホーリーナイト。呪われた鎧だ」
「呪われた…鎧」
アトラスの言葉を繰り返し、アオイが再び前を見据えた時には先程の一体だけでなく、その他三体の鎧も気づけば体の向きを変え、一歩一歩自分たちの方へと進んでくるのだった。




