157.救出
人一人分程の広さしかない細い落とし穴にポーラは吸い込まれていった。
その後を直ぐにアトラスが躊躇することなく追ったが、落とし穴の前で膝を着いて冷や汗を流すアオイとノルンには中の様子はさっぱり分からない。
ただそこには果てしない闇が存在しているだけだ。
「アトラスッ…!ポーラ…!?」
アオイが落とし穴を覗き込み叫ぶ。
落とし穴の空洞にアオイの声が木霊する。
返事は無い。
不安げな表情をしたアオイとノルンが顔を見合せた時だった。
「……………おーう!平気だー…!問題ないー…!」
二人の真下の落とし穴からアトラスの声が響き、二人は勢いよく落とし穴を見つめたあと思わずほっとして肩をなでおろした。
「よかった…」
気が抜けたように笑うアオイにノルンも少しだけ表情を和らげる。
しかしここからが問題だった。
今アトラスとポーラがどのような状況に居て、此方へ戻ってこれるのか全く分からない。
ノルンはすぐさまはっとするとアオイに向き直る。
「しかしまだ戻ってこられるかどうか…」
ノルンがそう言うとアオイもはっとして目を丸くする。
「…そうだよね!?アトラスー!上がって来れそうー!?」
アオイが再び落とし穴に顔を近づけて叫ぶ。
すると数秒した後にアトラスの返事が返ってきた。
「さすがに無理そうだなー…!俺も後もって数分てとこだ…!」
アトラスの言葉にアオイはええっ!?と肩を揺らすとど、どうしよう…!と頭を抱える。
「…何か俺たちを引き上げれそうなものは無いかー…!?」
「ひ…引き上げられるもの…?」
アオイはすぐさま立ち上がると焦った表情で辺りを見渡す。
しかし石の壁以外の何かが目につくことは無い。
慌てふためくアオイ。
その横で黙っていたノルンは何かを思い出したようにすぐに自身の革のトランクへと手を伸ばす。
パチンパチンと留め金を外し、一つの収納に手を伸ばすと急ぎ中を漁る。
「ノルンちゃん…?」
ノルンの様子をアオイが見つめていると落とし穴からポーラの泣き声が響く。
「わぁぁぁん…!もうむりだよぉっ〜…!のるん〜っ…!」
穴から聞こえる声にノルンの頬に冷や汗が流れる。
そしてノルンは想像していた感触を掴むと一気にそれを引き出す。
「アオイさん、これを」
「!…うん!わかった!」
ノルンが手にしていたものを見て一瞬で察するとアオイはそれを受け取り、落とし穴へと下げた。
「アトラス…!この縄を掴んで…!」
そう、ノルンが取り出したのは荷物などをまとめておく為のロープだった。
そしてアオイとノルンでアトラスとポーラが掴んだことを確認して、何とか2人を引き上げたのだった。
「…ふぅ、助かったぜ。ありがとな。二人とも」
「いえ。アルの方こそ…ありがとうございました」
さすがにアトラスも肝が冷えたのか汗を拭う仕草をした。しかしその表情はいつも通り清々しく笑みを浮かべていてポーラとは正反対だった。
「ポーラも怪我はありませんでしたか」
「わぁあぁぁん!ノルン〜…!!」
ノルンがそう言ってポーラを振り返ろうとした瞬間ポーラは勢いよくノルンの腹部あたりに体当たりする様に抱きついた。
ノルンも慣れたようにしっかりと小柄な体躯を受け止める。
顔を上げたポーラは大きな瞳を涙で溢れさせておうおうと泣いていた。
どうやら相当怖い思いをしたようだ。
「…はぁ、びっくりしたけど…とりあえず二人とも怪我がなくてよかった」
「いや、ほんとにな。びっくりしたぜ」
「…落とし穴の先はどうなっていたのですか」
びっくりしたという割にはアトラスにそんな様子は見られない。さすがは鷹の副部隊長なだけあるなぁ、と心の中でアオイは感心してしまった。
「ん〜針山だったな」
「えぇ!?」
呑気に針山という単語を述べるアトラスにアオイは目を丸くして顔を青くさせた。
想像をしただけで恐ろしい。
「…本当に怪我はしていませんか」
「おう!この通り!」
ノルンも多少針山という言葉に面食らったように薄く目を見開いてアトラスに再度怪我の有無を確認する。
しかしアオイとノルンの心配とは裏腹にアトラスは笑顔で両手を広げて無事をアピールした。
「どの様にして難を逃れたのですか」
「ん?あぁ、ポーラを抱えた後は壁にこの短剣を突き刺して空中で浮いてた」
ノルンが純粋な質問をぶつければ、アトラスは二丁拳銃とは別に背中の腰部分に装備していた短剣をスラリと抜いて見せた。
「…えええ…」
「ちょっと切っ先が欠けちまった」
アトラスはふむ、と探検の切っ先を上に向けて刃こぼれした様子を眺めると再び短剣をしまう。
「…とにかく二人が無事で良かったです」
「…うん、本当に」
「おう!」
「うん〜…ありがどぉぉお…。アトラスも…ありがどぉ」
「おう。気にすんな!」
そうして一先ずはアトラスとポーラの無事を確認したところで、アオイとノルンは小さく安堵の息をもらす。
そして先程よりも少しの緊張感を高めつつ4人は再び足を進め始めたのだった。




