154.交換条件
随分泣いてようやくノルンの涙が止まると、ノルンはノルンを案じる様に声をかけるアオイに頷いて、ゆっくりと立ち上がった。
ただ黙ってノルンが落ち着くまで待ってくれていたグレイに向き直るとノルンは鼻を啜り上げながら頭を下げた。
「…グレイ様。申し訳、ありません。…取り乱してしまいました。アオイさん、アル、それにポーラも」
申し訳ありません、とノルンがもう一度口にすればアオイとアトラスは優しげな眼差しで静かに首を振った。ポーラはノルンが涙をとめたことに安心したのかノルンにすがりついている。
グレイもまた優しい眼差しでノルンを見つめ、首を横に振った。
「いいや。気にしてないよ。ずっと、探してたんだろ?」
「…はい」
ノルンが顔を上げて、小さく頷けばグレイは眉を下げて、瞳に弧を描いた。
「…で、グレイ。ノルンの父さんは何処にいるんだ?」
アトラスの言葉にノルンが反応を示す。
そして静かにその瞳をグレイに向ける。
するとすぐに答えをくれると思っていたグレイはそこで眉をひそめ難しい顔をしたあと何かを考えるようにうなり始めた。
目を閉じて腕を組んで何か思い悩んでいるようだ。
そして、片目を開けてノルンを見据えるとグレイは口を開いた。
「…そうだな。よし。じゃあ交換条件でもいいか?」
「…はぁ?」
その発言に思わずアトラスは怪訝な顔を示し、ノルンとアオイはきょとんとしていた。
その後すぐにグレイの言葉を理解したアオイもまた驚き焦りをうかべる。
「父さん、どうして…。ノルンちゃんのお父さんの居場所知ってるんだよね?」
アオイが困惑の瞳をグレイに向けるとグレイは頷く。
「あぁ。勿論、ノルンちゃんにシリウスの事は話す。だが、丁度俺も困っててな。少し手を貸してくれないか?」
グレイが告げた父の名に小さく鼓動が跳ねた。
(………シリウス)
グレイが告げた父の名はとても馴染んで聞こえて、少し父との関係が気になった。
しかし今はどうやらそれよりも先にやることが出来たようだ。
グレイの話を聞くとアオイは困惑の声を漏らし、アトラスは呆れた表情をした。
「はぁ。やれやれ」
「悪いな。それで、ノルンちゃん。どうだ?引き受けてくれるか?」
答えなどひとつに決まっていた。
ノルンはグレイの瞳を見つめ返して迷うことなく頷いた。
「はい」
「よし。ありがとう」
ノルンの返事にグレイは肩をなでおろす。
そこで肩を竦めていたアトラスが腕を組んでグレイを見上げる。
「それで?手を貸してもらいたいことってなんだよ」
片目だけでグレイを見据えたアトラスが言う。
しかし最後まで言葉を言う前にアトラスの眉が寄せられて怪訝なものに変わる。
「…おい待て。お前まさか………」
そこでアトラスはグレイの頼み事の内容を悟ったのか口元をひきつらせる。
ノルン、アオイ、ポーラは未だ頭上にクエスチョンマークを浮かべている。
対してグレイは好戦的な笑みを浮かべると楽しげに口角をあげた。
「おう。お察しの通り、この迷宮の攻略だ」
「めい…きゅう…」
そして、そう、告げたのだった。
アトラスはその言葉を聞くとやっぱりか、と呟いて小さくため息をこぼした。ポーラはぽかんとした顔でグレイの言葉を繰り返す。
「……………え?………………え?」
「…………………」
それに対してアオイは父から告げられた言葉に混乱していた。
ノルンは口をつぐみながら少しだけ驚いたように薄く目を見開く。
そして自身の後ろにそびえ立つ巨大な迷宮に目をやったのだった。
「え…!?…えええ!?…迷宮攻略!?」
「あぁ。ノルンちゃんは見たところ魔法使い、だろ?力を貸してほしいんだ」
「……………」
アオイは楽観的に告げる父親に口を開けたまま固まる。
「…い…いやいやいやいやいや!父さん本気!?ノルンちゃんが魔法使いだったとして危ないよ…!」
「おう。だからしっかりアオイ、お前がノルンちゃんを守れ。…………それとも子供にこんな事言いたくは無いが、取引はなしになってもいいのか?」
「ぅっ……………」
グレイの前で必死に首を振るアオイを見て、グレイは白々しく悩む素振りを見せて片目だけでチラリとアオイを窺う。
その口角は楽しげにつり上がっている。
アオイはグレイの言葉に言葉を詰まらせると、少しして眉を寄せたまま、あーもう、と零した。
どうやら父の意見は変わらないと踏んだようだった。
「…分かったよ。その代わり、約束は必ず守ってね。父さん」
「あぁ、約束する」
グレイは眉を寄せて口を尖らせるアオイに気の抜いた笑顔を浮かべるとその頭に軽く手を乗せた。
「迷宮かぁ。攻略と言ったが具体的には何をすればいいんだ?」
アトラスが迷宮を見上げて帽子のつばをくいっと上げる。
「あぁ。具体的にはこの迷宮の最深部にあると言われている古代の宝を持ち帰ってきて欲しい」
グレイがそう言えばアトラスは再び怪訝な顔を示した。
「宝ァ?ほんとにあるのかよ?」
「いや?それは分からないな」
「おいおい」
「ふ。だが、それが依頼内容だ。丁度ここで腕のいい魔法使いに会えるなんて幸運はそうない。悪いが頼むよ」
グレイは肩を竦めたあと、ノルンに振り返って微笑む。ノルンは静かにそれに頷いた。
そんなグレイトノルンの横では、飛び交う会話に右往左往していたポーラがアトラス前までとことこと歩いていくとおずおずと口を開いていた。
「…アトラス、もしかして…もしかして…僕たち、ここに入るの…?」
「おう。そうなっちまったなぁ」
「わぁぁぁ………!」
顔を輝かせるポーラを一瞥して口角を上げてからアトラスは再び巨大な迷宮を見据えた。
「さぁて面白いことになってきた」
アトラスの後ろではアトラスの言葉を聞いたグレイが楽しげに笑みを浮かべていた。




