151.手掛かり
グレイは迷宮踏破の依頼をギルドから受けてこの地にやって来たと言った。
しかし迷宮から出てきた時のグレイはどうも迷宮踏破を果たしたという清々しい雰囲気ではなく、何処か思い悩んでいたようだった。
「それで迷宮踏破はできたのか?」
アトラスの言葉にグレイはそこで初めて表情を少し崩した。小さなため息と共にいや、と呟くと首を振った。
「迷宮の多くには至る所に魔法が掛けられている。古代は魔法の栄華を誇った時代だからな。まぁ多少想像はしていたがこの迷宮もそうだった。まさか入口に入った途端魔法の扉に阻まれるとは思ってなかったけどな」
グレイは眉を下げ困ったように笑ってみせる横でアトラスはなるほどな、と頷く。
グレイは見たところ腰に剣一本しか装備しておらず、その他の武器は見当たらない。
アトラスと同じく傭兵という立ち位置ということはどうやら魔法は使えないらしい。
そこで入った瞬間にお手上げ状態になってしまったというわけだった。
情けない限りだ、とグレイは肩を竦めてみせる。
「まぁそうだよなぁ。どうするんだ?このまま帰るのか?」
「…ん〜いや、さすがにもう少し他に入口がないか探ってみることにするよ」
グレイは考え込むように顎に指を添えたあと、肩を竦めそう言って笑った。
そしてノルン達一同を見渡すとそれで、と付け加える。
「お前たちはどうしてこんな所にいるんだ?お前たちの旅の目的は?」
「あぁ、それは…」
アトラスの視線がノルンに注がれたことでグレイもつられるようにしてノルンに視線を注ぐ。
グレイと視線が交わるとノルンは今まで噤んでいた口を小さく開いた。
「…父を…探しているのです」
グレイの耳に風に乗って透き通った声が響く。
黄金の世界の中、美しい星が少女の全てを見透かすような瞳の中で瞬いた。
「………ノルンちゃん…だったかな」
「はい」
グレイは先程聞いた自己紹介を思い出しつつ、確認をするように聞く。
「君が嫌でなければこれ迄の旅の経緯を教えてほしい」
グレイはノルンに数歩近づき、少女の視線に合わせるように少し膝を曲げる。
そして優しげに微笑むとそう告げたのだった。
「………はい。分かりました」
ノルンは一呼吸置いて頷くと旅に至るまでの経緯、何故父親を探しているのかということを掻い摘んでグレイに説明したのだった。
ノルンの育った環境のこと。家族のこと。ブランとの再開、アトラスとの出会い。それからアオイと再開、旅に出ることになった理由___そして現在に至るまでを。
「…今は旅をしながら父を…父の情報がないかを___探しています。アルやアオイさん、ポーラは私の私情の旅に…付き合ってくださっているんです」
「…ノルンちゃん」
一通り話し終えてノルンが申し訳なさげにそう告げる。グレイはノルンが言葉に詰まりながらもこれまでの経緯を話す最中一言も何かを発することはなくただ静かにノルンの言葉を待っていた。
そしてノルンが話終えると優しげな表情で礼を告げた。
「…そっか。ありがとな。ノルンちゃん」
「…いえ」
ノルンが首を振るとグレイは口元に笑みをたずさえたまま静かにノルンを見つめた。
笑っているように見えるのにその顔はどこか悲しい。
眉根を寄せて眉尻を下げるその表情の奥でグレイが一体何を考えているのか、ノルンに察することは出来なかった。
「___ちなみになんだが」
「はい」
「ノルンちゃんの父親の名前を聞いてもいいか?もしかしたら聞いたことがあるかもしれない」
その言葉にノルンははっとしてグレイの瞳を見つめ返す。その時にはグレイはもう朗らかな笑みを携えていて特徴的な八重歯を見せて笑っていた。
「確かに。父さんはずっと旅をしてるから聞いたことあるかも」
アオイもまたはっとした後に嬉しそうにノルンに笑いかける。
ノルンはアオイと視線を合わせてから小さく頷くと、きゅ、と手のひらを胸の前で握る。
それから視線を上げてグレイの瞳と視線を合わせた。
旅を始めてから、いや、フローリアの遣いで地方に赴いて父の情報を探し続けた。
けれど、未だに父の名を告げて反応が返ってくることなど無かった。
だからこそいつもどこか諦め半分で、その後の反応を脳裏に思い浮かべながら父の名を口にする。
ノルンがその名を告げた途端気まずそうに、申し訳なさげに首を振る姿を何度も見てきた。
分かっていたはずなのに、その光景を見る度に落胆した。
(…分かって、いるのに)
何度繰り返しても、どうしてもこの瞬間は息が浅くなって鼓動が早くなる。
何度だって、緊張してしまう。
そこに一縷の望みをきっと私は何時までもかけているのだろう。
ノルンが視線を上にあげる。
そして、すぅ、と小さく息を吸い込んでからノルンは薄い唇から音をこぼした。
「___シリウス」
「…………………………………え…?」
「___父の名は、シリウス・スノーホワイトと申します」
木の葉がグレイとノルンの間を通り抜けた。
風のざわめきに混じりつつも、少女の声はすっとグレイの耳に入り込んだ。
グレイの脳内でその名が反芻される。
微動だにしない目の前の少女の美しい瞳には動揺したように目を見開いたグレイが映っていた。
「___父の名を、ご存知でしょうか。グレイ様」
微動打にしていないと思っていた少女の瞳が揺れた。
まつ毛は震え、口は結ばれていて、緊張が伝わる。
グレイは未だ目を見開いて口を結んでいる。
その様子にアオイが困惑したように自身の父を見る。
「…父さん?どうかした?」
アオイの呼び掛けにグレイははっとして瞬きをする。そしてアオイに軽く返事をすると小さく息をついてアオイに笑いかける。眉尻を下げて笑うどこか困ったような表情にアオイは少し困惑した。
グレイは再びノルンに向き直る。
ノルンはただじっと待っていた。
随分と大人びた少女だと感じた。
しかしその瞳は揺れて不安げにグレイを窺っている。
その様子を瞳に収めるとグレイは一度奥歯をぐっと噛み締めてから真剣な瞳で少女を捉えた。
そして___。
「___あぁ。知ってるよ」
小さく頷いてそう、告げたのだった。




