149.お父さん
突如響いた迷宮内部からの足音にノルンら一同が警戒を強めていたところ、その男は現れた。
「はぁ〜〜〜…。参ったなぁ〜…。どうしたもんかなぁ…」
そう呟いて頭をかいて出てきた男は至って普通の人間に見えた。アトラスも少し拍子抜けしたようでハンドガンの上に添えていた両手を離す。
アオイもほっとしたように小さく息をつく。
正直なところもっと怪しげな人物を想像していたのだ。なにせ迷宮という得体の知れない場所から出てくるのだから。
迷宮から出てきた男はすらりとした体躯でありながら程よく筋肉をつけた若い男だった。
その男は何やら困り事でもあったのか何かを呟いていたが、迷宮から出てくると目の前で自分を見て固まるノルン達一同を視界に入れ、思わずお、と声を漏らし動きを止めた。
そしてある一点に目を止めるとんん?、と少し首を傾げてその人物を凝視する。
「…ぇ」
顔を向けられたアオイは思わず身体を固くして薄らと瞳を見開いた。
否、本当のことを言えば彼の視線が何処にあるかなど分からなかった。彼は大きなゴーグルをかけており、視線は遮られている。
しかし数秒後、男性はその特徴的なゴーグルを上にあげるとその綺麗な瞳を顕にした。
「…えっ…お前、アオイか?」
「………えっ」
そしてその瞳は驚いたように見開かれていたのだった。
突如現れた人物がアオイの名を呼んだのでアトラスとノルン、ポーラは首を傾げる。
「まじかぁ。こんな所で会うとは…。ってうお、これは可愛らしいお嬢ちゃんにシロクマだな。ってうお!?お前アトラスか!?」
「…………おう」
「ええっ!?」
男はアオイを見た後にくるりと視線を動かしてアオイの隣にいたノルン、ノルンの腕の中のポーラを確認したあと、最後にアトラスを確認するとまたしても驚いたように目を見開いた。
そして男性がアトラスの名を呼ぶとアオイは驚いたように声を上げる。
一体どういう事だろうか。
アオイとアトラスは目の前の男性と知り合いなのだろうか。ノルンの脳内は疑問符で溢れかえっていた。
そしてそんなノルンの疑問を解消するのは次のアオイの一声だった。
「なっ…………」
ノルンの隣のアオイが男性に人差し指を向けてぱくぱくと口を開いたあとで困惑したように目を見開いていた。
「…なんで父さんが此処にいるの………?」
「父さん?」
アトラスとポーラの声が重なる。
そしてアトラスは自分で繰り返した単語の意味を理解すると大きな猫目の瞳孔を見開いた。
「とっ…父さんだと!?」
「………………うん」
半歩後ずさって驚きを露わにするアトラス。
アオイ自身も未だに困惑を浮かべた顔をしつつも頷いた。
それに比べ男性はにこやかな笑みを浮かべ頷いている。
「おう」
ゴーグルを髪の上に押し上げて腰に手を当てる男性はとても父親には見えない程若々しく、今もその姿勢がとても様になっていた。
(…この人が…アオイさんの…お父様)
改めてその風貌を眺める。
お、見ないうちにまたでかくなったか?、と言って人懐っこい笑みを浮かべて父親と呼ばれた男はアオイのアオイの頭を撫でる。
アオイは少し恥ずかしそうにその手から逃れようとしている。
いつも穏やかで優しいアオイが照れているのはどこか新鮮だった。
それにしてもアトラスもアオイの父親とどうやら顔見知りのようだ。どの様な関係なのだろうか。
アオイと出会った時にはアトラスとアオイはどうも初対面の様だった。
アトラスも何処かでアオイの父親とは露知らずアオイの父親と交流を持っていたのだろうか。
そんな事を考えながら我が子に会えて嬉しそうに頬を緩ませるアオイの父親とアオイを見る。
するとノルンの視線に気づいたのかアオイが一瞬はっとするとほんのりと赤く染っていた顔を更に赤らめて焦ったように声を出した。
「…っ…!の、ノルンちゃん!ごめんね、えっと改めてこの人は僕の父親で…怪しい人とかじゃないから安心して」
「…ん?おう。そうだな、自己紹介しなきゃな。初めましてお嬢ちゃんにシロクマくん。俺はグレイ。アオイの父親だ。よろしくな」
グレイはアオイの紹介に頷いて名を述べると嬉しそうに瞳を細め八重歯を見せて笑う。その姿は20代後半の男性にしか見えない。アトラスは未だに信じられないという顔をしている。
柔らかい黒髪のくせ毛。雰囲気は大分異なるがの瞳の色はアオイと全くもって同じ綺麗な透き通るコバルトブルーだった。
「…初めまして。アオイさんのお父様。ノルンと申します。アオイさんにはいつもとてもお世話になっています。よろしくお願い致します」
「はは。そんな堅苦しくしなくていいよ。でも、うん。…そうか、それはよかった」
ノルンの挨拶にグレイは嬉しそうにまた頬を緩めた。
その様子にノルンの足元に隠れるようにしていたポーラも少しだけ顔を出してグレイを見上げる。
「…ぼく、ポーラ」
「そっか。ポーラよろしくな」
ポーラなりに勇気を出して名を告げるとグレイはポーラの視線まで一度しゃがみこんで優しい眼差しでポーラの頭を軽く撫でた。
挨拶を済ませたところで最後にグレイはアトラスと視線を合わせた。
アトラスはどこか呆れたような、しかしアランと再開した時のように嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ったぁく、マジかよ。お前アオイの父親だったのかよ」
「はは。俺も驚いてるよ。まさか自分の子どもとお前が一緒にいるなんてな」
砕けた調子で話す二人はだいぶお互いが気心を許しているように見える。
それにはアオイも知らなかったようで瞳を丸くして2人の様子を眺めていたのだった。




