140.家族
ノルンがレオは占星術師だと告げるとアトラスとアオイは初めて知る事実に驚いたようだった。
「マジか。レオは占星術師だったのか」
「はい」
「そうだったんだ。ボクはてっきりレオもノルンちゃんと同じ薬草使いなんだと思ってたよ」
「だよなぁ、レオもフローリアのこと師匠って呼んでたしな」
二人はフォーリオですごした日々を思い出しているようだった。
確かにアトラスやアオイからして見ればそう思うのも妥当かもしれない。
しかし実際にはレオが使用している屋根裏部屋は天井に窓ガラスがついていたり、部屋の中には魔法天体望遠鏡や天然石、小柄な天秤、星の軌道の配置図などレオの部屋は星に関わる道具で溢れている。
「アトラス、レオってだあれ?」
ノルンたちの少し先を上機嫌に腕を振って歩いていたポーラが聞き馴染みのない名前に可愛らしく首を傾げる。
「レオはノルンの兄ちゃんだな。もう一人アランってやつもノルンの兄弟だ。あとノルンの家族にはフローリアっていう大魔法使いもいるぜ」
「そっかぁ。ノルンもお兄さんがいたんだね。僕と一緒だ」
へへへ、と可愛らしく微笑むポーラを前にノルンはアトラスの言った言葉を脳内で繰り返していた。
(…兄…家族、)
その言葉にノルンの胸が少しざわめく。
フローリア、アラン、レオはノルンにとって間違いなく大切な存在であったがノルンは今まで三人を家族だと公言したことが無かった。
それは自分から家族だと公言することに少なからず抵抗を感じていたためだ。
あくまで自分は拾われた身であり、フローリアの善意によって育ててもらった、その様に認識していた。
「…家族、ですか」
「ん?」
「ちがうの?」
思わずぽつりと零してしまった言葉にアトラスとポーラが振り返る。ノルンの隣に立つアオイは少しだけ眉を下げてノルンの横顔を見つめていた。
「…いえ、わか…りません。三人は恩人です。その事に変わりはありません。しかし、師匠やアラン、レオの事を…私が家族などというには、」
___どこか烏滸がましい様な気がして。図々しいような気がして。恩知らずな様な気がして。
幾つかの理由を脳内であげながらノルンは途中で言葉を留める。
少し俯いたノルンの瞳にまつ毛の影が指したところでノルンの耳に呆れたようなため息が聞こえた。
「あのなぁ、ノルン」
はぁぁぁ〜、という長い溜息の後アトラスがそう言って窘めるようにノルンの名を呼ぶ。
ノルンはその声に顔を上げる。
「当たり前だろ?余所者の俺から見てもお前達は紛れもなく家族だぞ?…あと家族じゃないなんて言うな?あいつ泣くぞ?いや、絶望するか?」
「………家族、」
「うん。僕から見てもそう思うよ。ノルンちゃん」
「…………」
呆れ顔のアトラスはそう言うと顎に手を置いて、絶望する同僚の顔を想像していた。
アオイはいつもと変わらず優しくノルンを肯定する。
ノルンは二人の言葉に頭に三人の顔を思い浮かべた。
何時だって優しく微笑みノルンを導くフローリア。
何時だって満面の笑顔でノルンを抱きしめるアラン。
何時だって無愛想だけれど面倒見のよいレオ。
そんな三人が家族。
そう考えると胸の奥が暖かくなると同時に、少し切なく締め付けられるような感覚に陥る。
家族、と口にするノルンはどこか虚ろげに瞳を揺らす。
考え込むように黙ってしまったノルンにアオイは眉を下げてノルンを見つめたまま優しく微笑みかける。
ノルンはそんなアオイに上手く返す言葉が見つからず、少し眉をひそめてまつ毛を伏せるのだった。
その日の夜中___。
ノルン達は星空が一際美しく見えるという天体観測の名所であるトト丘陵の隣の山の頂上に向かって歩いていた。
既に辺りは暗闇に包まれていてノルンとアオイの持つランタンの明かりを便りに四人と一匹は頂上へと連なる山道を登る。
カランカランというランタンの音と、落ち葉をふみしめる音、枯れ枝がぱきんと割れる音だけが闇夜に静かに響く。
夜になればいつしか気温は大分下がり、もう夏夜の蒸し暑さなどは感じない。その代わり少し温度の低くなった涼し気な風が髪を揺らした。
「お、もう少しだな。ほらイチョウの大木が見えたぜ」
「あ、ほんとだ。あとちょっとだね」
アトラスの指を指した先に暗がりの中、シルエットのように大きな一本の大木が夜空をバックに映し出されている。
そして四人と一匹は緩やかな斜面を登り終えて山頂に到着した。
そこで星空に目を向ける前に一番先に頂上に着いたアトラスはイチョウの古木の裏から漏れ出る淡い光にふと首を傾げた。
「ん?」
「アトラス?どうかした?」
「…ん?いや、なんかあそこ光ってねぇか?」
「あれ、ほんとだ」
「…何方か居らっしゃるのでしょうか」
ノルンがそう言うと共にアトラスは其方に向かって歩いていく。
そして近づくにつれ、それはノルン達と同様ランタンの光だと分かり、目を凝らしてみれば木の幹に寄り添うようにして人のシルエットが浮かび上がった。
「ふむ。どうやら先客らしいな」
頷くアトラスが遠慮なく近づいていく。
そしてその人物に向かって「よう!お前も天体観測か?」といつもの様に笑顔で話しかければその人物は突如現れた人間に背筋を凍らせ穏やかな秋風通る夜に似合わぬ叫び声をあげたのだった。




