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norn.  作者: 羽衣あかり
“未亡人と少女”
137/203

136.最期の手紙

 気づいた時にはノルンの片手に魔法の杖が握られていた。

 木が絡み合って形成されているそれは古めかしくも手入れが行き届いた、一目で大事にされてきたものだとわかる美しい杖だった。

 先端には大きな水晶石が取り付けられていて淡いアクアマリンに思わず見蕩れてしまう。


「………遅くなってしまい申し訳ありませんでした。マサト様」

「………………ぇ………?」


 風に柔らかなホワイトブロンドが揺れた。

 前髪が落ちてノルンの表情は分からなかった。

 ノルンは軽く杖を振り上げるとその切っ先を目の前の荒れ果てた庭へと向けた。

 その瞬間杖に取り付けられた水晶石が一瞬輝きを放つ。


 辺りに一瞬光がたちこめて反射的に目を瞑る。

 そして目を瞑った先でサナエはひどく懐かしい匂いを嗅いだ。

 その香りに釣られるようにしてサナエはゆっくりとまぶたを持ち上げる。


「………………え………」


 そして思わず目の前に広がった光景を目にすると動揺の声を漏らした。

 サナエの目の前には無数の花々が揺れていた。

 小さな庭だったそこは一瞬で無数の花が咲きみだれる花畑とかしていた。

 そしてその花こそ何時しか見かけなくなった金色に輝くと称される花___金花草だった。


 柔らかな風に花弁が揺れる。

 嗚呼。何時ぶりかしら。


(…この花をまたこうしてもう一度見ることが出来るなんて)


 サナエは眉をひそめ、口元に手を当てた。

 瞳に薄い膜がはる。


「…これがマサト様と交わした最後の約束です」

「……この花が…?」

「はい」


 震える声で問えば少女は頷いた。

 目の前に広がる花畑を眺める少女の瞳は柔らかい。


「…金花草をサナエ様にお送りすることです。それが私とマサト様の最後の約束なのです」


 ノルンは穏やかな顔で告げると、マントの内側に手を入れて何かを取り出した。

 そしてそれをサナエに向ける。

 それは真白い一通の封筒だった。


「サナエ様。此方を。マサト様から私がお預かりしたサナエ様宛のお手紙です」

「………っ……」


 言葉につまる。

 口元を覆う手に少し力を込める。

 そして震える手で、いつの間にか皺だらけになってしまった手でサナエはその手紙を受け取った。


 ゆっくりと封をあけ、中に入っている二つ折りの一枚の紙を取り出した。

 ふわりと紙の匂いと共に華やかな金花草の香りが鼻腔を擽った。


 鼓動が高鳴る。

 あの人が生前に残していった自分宛の手紙。

 そこには何が書かれているのだろうか。

 好奇心とともにまだ見ぬ内容への不安も少し。

 サナエはゆっくりと息を吐いてから手紙を開いた。


 ___サナエへ。


 サナエの瞳が見開かれる。

 その文字を見ただけで涙がこぼれおちそうになる。

 無機質な一枚の紙切れに温度さえ感じる。


(…あぁ。あの人の文字だわ)


 たったそれだけのことに涙を流しそうになる。

 サナエの横でノルンは静かに佇む。

 瞳を揺らすサナエを見つめる瞳はサナエを羨望しているようで、何処か遠くを見ているようだった。


 ___この手紙を君が読んでいるということは私は既に君のそばには居ないのだろう。

 まずは謝罪をさせてくれ。

 君をたった一人、その地に残して先に居なくなったことを、どうか謝らせてくれ。


 サナエの脳内でマサトの声が優しく語り掛ける。


 ___そして君の助言を聞かず医者にかからなかった事も。

 君にはもしかすると見通されているかもしれないが、私がそうしなかった理由は少しでも君に何か残したかった。

 私はきっともう長くないのだと知っていた。

 だからこそ傍に居られなくなる代わりに、君が不自由することの無いよう、少しでも何か残したかった。


 嗚呼。やはりそうだったのね。

 サナエの目尻が少し下がり皺が深くなる。

 そんな事だろうと思っていたわ。

 貴方ならそう考えるだろうって。


 ___君は不服かもしれない。要らぬ気遣いだと言うだろう。


 その通りだわ。

 どうせ一人になったらお金の使い道など無いのだから。


 ___だがもし今度は君が、どこか身体に不調が現れたらその時には遠慮なく使ってくれ。自分勝手な頼みだと理解している。

 けれどどうかそうしてくれ。


 本当に自分勝手な人。

 私だって貴方の身体が大切だった。

 貴方さえ居てくれたら良かった。


 ___それと最期までこんな私と共に行生きてくれた君に感謝を伝えさせてくれ。

 …私はつまらない男だった。

 女性との交際経験などなく、女性の喜ぶものなど分からなかった。

 話し上手でもない。

 愛嬌などあるはずも無い。

 きっと扱いにくい男だった事だろうと思う。


「…ふふ」


 思わず笑みが零れる。

 普段仏頂面の彼がこんな言葉を残していたなんて想像したら笑ってしまった。

 どんな顔をして書いていたのかしら。

 何度も、何度も、きっと考え直して書いたんじゃないかしら。

 机に向かって手紙をしたためて、でも行き詰って。

 きっと眼鏡の奥で怪訝に眉をひそめて頭をかいて。


 笑みが零れると共に細めた目尻からぽろりと雫がこぼれおちた。


(…あぁ、いけないわ)


 ___あの人がこの手紙を書く姿を想像しただけでこんなにも愛しい。


 サナエの頬を細く流れた雫はぽたりとサナエの細い顎から落ちてサナエのストールに染み込んだ。

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