125.想い人
その後「乗りかかった船だ。背中叩くくらいのことはしてやるぜ」とアトラスは爽やかに笑う。
しかしマドラはそれに対して小さく呻き声をあげてアトラスから視線を逸らした。
「……………ないんだ」
「え?」
ぼそぼそと小さく呟くマドラの声は小さすぎて聞き取れない。アオイが首を傾げればマドラは勢いよくノルン達に振り返って言った。
「…話したことないんだっ…!!」
「…えっ」
「……………」
「…そんな目で見るなッ!」
威勢よく告げられた言葉にアオイは驚きアトラスは半目になってマドラを見る。
ノルンはただよじ登ってきたポーラを腕に抱いて傍観している。
「…お前…」
アトラスが呆れた視線をマドラに向ける。
マドラはそれに対して負け惜しみのように「僕だってわかっているさッ…」と嘆いていた。
「ねぇねぇアオイ〜。あの人はどうしたの?」
「え。…うーん。恋の悩みかなぁ」
「恋…?恋って何?ノルン」
「………………。わかりません」
純粋に疑問をぶつけるポーラだがどうにも相手が悪すぎるということには気づいていないらしい。
「…あはは」
それに対して隣でアオイは苦笑いをして頬をかくしか出来なかった。
そんな時だった。
「あ〜!じゃがいもがっ…!あ!!どなたか拾って〜!!」
大きな声が聞こえ、そちらに無意識に皆が視線を向ければ斜面の少し上からじゃがいもが幾つかノルン達の方へと転がり落ちてきていた。
その際マドラが発火したように顔を赤らめ変な声を出したが、とりあえず誰も触れることはせずじゃがいもに手を伸ばす。
かぼちゃを抱えたアオイは手を伸ばせずアトラスが手を伸ばす。
そして残ったじゃがいもはノルンが知らぬ間に手にしていた杖で受け止め、ふよふよと浮かせていた。
「はぁっ…はぁっ…すみませ〜んっ…。ってあら…」
少し遅れてノルンより少し年上らしき女性が駆け下りてきた。息を切らして胸に手を当てて息を整えている。そんな彼女は綺麗に受け止められたじゃがいもを見つめると少し驚いたように目を丸くしてから嬉しそうに笑った。
「まぁ…。どうもありがとうございます!すごいわ!貴方魔法使いなのね!そちらの貴方もありがとうございます!」
「…………いえ」
女性は片手でポーラを抱いて片手に杖を持つノルンを見て瞳を輝かせた。
そしてノルンからじゃがいもを受け取って手元のバスケットに収めると、アトラスにも同様に礼を言ってじゃがいもを受けった。
女性の言葉を聞いてノルンは思わずやってしまった、と一瞬顔を暗くした。
バルトの時や戦闘を除いてノルンは余り魔力を人前で使わないようにしている。
それが幼い頃からのフローリアの教えであったためだ。
けれど今咄嗟に魔力を使ってしまい、魔法使いだと言い当てられたことでノルンは少し動揺していた。
「?魔法使いさんではないの?」
「……………」
純粋無垢な瞳で見つめられ嘘をつくことも出来ないノルンは気まずそうに女性から視線を逸らした。
「…お嬢ちゃん、じゃがいもは全部足りてるか?」
「え?…あ、はい!大丈夫みたいです。皆さんありがとうございました」
ノルンが口を閉ざす中渡し船を出したのはアトラスだった。話題が変わると女性はにこりと可愛らしく微笑んでお辞儀をして自己紹介をした。
「私の名前はココナって言います。この小さな村で唯一のお食事処をしてるんですよ!あなた方は旅の方ですね!」
長い茶髪を三つ編みにくくってくりっとした大きな瞳。ワンピースの上には可愛らしく刺繍の入ったエプロンを付けたココナは優しく食事処の定員にぴったり合いそうだった。
ノルン達もそれぞれ自己紹介をするとココナはもう一度丁寧に礼を述べた。
「そうだ。皆さん今日はこの村にお泊まりされて行かれるんですか?」
「はい。出発は明日の予定なんです」
「そうですか!よければ夜ご飯はぜひうちで食べて行ってください!お礼もかねてサービスしますから!」
お礼をしてもらうことの程はしていないと皆思ったが、それでもせっかく立ち寄った村での食事ということもあって結局ココナの言葉に甘えることにした。
「おう!それじゃあ夜に寄らせてもらうぜ!」
「ほんとですか?良かった!腕によりをかけて作りますね!それでは!」
顔を綻ばせて元気よく挨拶をしたココナはじゃがいもを抱えて来た道を手を振って戻って行った。
ココナが見えなくなるまで4人は何も話し出すことはなく、ココナが見えなくなってから気配を消すようにして赤面して汗を滝のように流していた男に振り返った。
「…あのココナっていう子か〜」
「…あはは」
「……………………」
余りの分かりやすさにアトラスは再度呆れたようにマドラを見てアオイは苦笑いするも、当の本人は石のように固まってしばらく言葉を発することはなかった。
その後すぐに日が落ちるとノルン達は約束通りマドラの案内でココナの店までやって来た。
案内された店は小さくも家庭的な雰囲気が漂うココナらしい暖かな店だった。




