124.練習
突如現れたアトラスとアオイに青年は怪訝な表情を浮かべる。
「だ…誰だっ君たちはっ…!」
ノルンがアオイに手を差し出すとアオイは礼を言ってまだ顔を少し歪めながら立ち上がった。
そんなアオイに思わず青年が指を指す。
「…こっちのセリフなんだよなぁ。…ノルン、あいつ誰だ?」
アトラスが青年に呆れながら助けを求めるようにノルンを見ればノルンはしばし瞬きをしたあとわかりません、と言った。
おいおい、とアトラスが半目になる。
「失礼致しました。まだご挨拶していませんでした。私はノルンと申します。お名前をお聞きしてもよろしいですか」
ノルンが丁寧に名を述べて小さく頭を下げれば青年は「お、おぅ…」と勢いを削がれたように前に突き出していた指を下ろした。
「…俺はマドラだ」
「マドラ様」
ノルンが繰り返せばマドラは少し不機嫌そうな顔をして頷いた。
告白の最中だったのに突如第三者に遮られたのだ。
そう思うのも無理はない。
アトラスはそう思った。
「マドラか。俺はアトラス。よろしくな!ノルンの旅仲間だ」
「仲間…」
「おう!こっちはアオイ。こっちはポーラだな」
「は…はは。よ…よろしくお願いします」
「あ…あぁ」
アオイが青白く引きった顔で笑みを浮かべて挨拶をすればマドラは再度怪訝そうにアオイを見つめ返事をした。
アトラスは再度そんなアオイに同情するような目を向けてから頭をかいて苦笑を浮かべてノルンとマドラを見た。
「…あー。うん。それでなんて言うか悪かったな。タイミングが悪くて」
まさか告白の最中に乱入して、などと言えるはずもなくアトラスは言葉を濁して伝えた。
しかしノルンの表情は少しも変わることなくむしろ首を傾げている。
マドラに至っては我に返ったかのようにはっとすると突如頬を赤らめた。
告白している所を他人に見られたのだ。
恥ずかしいだろうなぁ、とアトラスが赤面するマドラに申し訳なく思っていた時だった。
「いえ。問題ありません」
そう目の前の少女は淡々と呟いたのだった。
その発言にはアトラスも目を見開いてノルンを見つめる。告白されていた最中だったというのに問題がないと。アトラスはいつも通りといえばいつも通りだが、余りにもマドラが不憫になって慌てる。
「…なっ…い、いや。問題ないって事は無いだろ…?だって、ノルンお前告白されて…」
そこまで言った後にアトラスはしまった、と思う。
告白した本人の目の前で言ってしまった。
そう思った時にはもう遅く、取り繕おうとした時だった。
目の前の少女は数回瞬きをしたあときょとんとした顔をした。
「…?いいえ。私はマドラ様の練習に付き合っていただけなので」
「は?」
「…え?」
直後アオイとアトラスは呆然とする。
ノルンの告げられた言葉の意味がわからない。
二人は状況を全く理解できなかった。
「れ…練習…って…」
アオイが呟けばノルンは顔色を変えず頷いて目の前のマドラに手のひらを向けた。
「はい。マドラ様が意中の方に思いを告げられる際の練習をされたいと言うことでしたので」
「あっ…ぼ…僕の知り合いの知り合いのそれまた知り合いのためにね?」
「失礼致しました」
いや、そんな事はどうでもいい、とアトラスはマドラに思う。そして一気に脱力した。
「はぁ〜〜〜〜。なんだ、そういう事かよぉ」
紛らわしいことしやがって、と呟くアトラスにノルンは首を傾げる。
またアトラスの横ではアオイが小さく胸をなでおろしたように息を着いていた。
「僕も見てたよアトラス」
「そうか。んじゃそうなんだろうな」
ノルンの足元から離れてアトラスに駆け寄るポーラの頭を軽く撫でながらあとは苦笑した。
その後マドラとノルンは軽く先程の現状に至るまでの経緯を話した。
最初はノルンが店を尋ねたのだが、そのお礼にマドラから女性が好むものを聞かれたと。
けれどノルンの返答があまり一般的ではなかったため、告白の練習相手になって欲しいと頼んだということだった。
「はぁ…。なるほどな」
「…そっか、そうだったんだ」
アオイは先程の青白い表情から安心したように頬を緩ませていた。
マドラが先程赤面したのは告白の練習をしている所を見られたのが恥ずかしかったからのようだ。
今も少し現状を言葉で説明されて気まずそうに、居心地が悪そうに視線を逸らしている。
そんなマドラをアトラスは猫目で見つめるとふーん、と見定めた。
そして___。
「んじゃさっさと思いを伝えに行くか」
と言って笑った。
その言葉にマドラはぎょっとした顔をすると言葉にならない悲鳴をあげて座っていた石の上から滑り落ちた。
「…っ〜〜〜!?!?んなっ…何を言っているんだっ…!」
「ん?そのためにノルン相手に練習してたんだろ?」
「…そ…っそれはっ…!い…いや、あれは…知り合いの知り合いのそれまた知り合いのための…っ…練習でありっ…!」
「…いや、お前だろ」
「んなっ…!?!?」
今にも発火しそうなほど顔を赤らめて汗を吹き出すマドラをノルンは表情を変えることもせずじっと見ていた。
そしてマドラが必死にアトラスの言葉を否定すれば、アトラスは呆れたようにマドラの図星を指す。
その時のマドラの顔は何故バレた、と言わんばかりの衝撃を受けた顔だった。




