123.遭遇
青年は満足のいく解答を得られなかったどころか微塵も参考になりそうにない目の前の少女にため息をついた。
しかし少女はそんなことに気づくはずもなく、小さく青年に向かってお辞儀をした。
「それでは教えて下さりありがとうございました」
そう言って立ち去ろうとする。
そこで青年は背を向けた少女にはっとすると、慌てたようにもう一度少女を引止めた。
「…まっ…待ってくれ!」
ノルンが振り返る。
「はい」
ノルンは青年を見つめると青年の言葉を待った。
青年は振り返ったノルンを見つめてしばらくまた百面相をしていたが、意を決したように口を開く。
「…さ…最後にもう一つ___
眉を釣りあげて頬を染める青年がノルンに告げる。
その言葉を聞いたノルンは珍しく口を薄く開けてきょとんとした顔をしたのだった。
*****
ノルン、ポーラと分かれたアオイとアトラスは難なく宿屋の受付を終えると荷物を部屋に置いて、村の中を散策していた。
「ノルンちゃん達も買い物は終わったかな?」
「どうだろうなぁ。まぁ小さな村だ。店も少なそうだしもう終わってるかもしれないな」
確か店は村の入口の方だったよな、とアトラスが思い出すように呟く。
うん、そうだね、とアオイは返しながら小さな村を見渡した。
斜面に作られたその村は何せ移動が少し大変だったが、下から眺めた様子は棚田のようになっており、景色が良かった。
所々家の前に畑が作られており、そこではせっせと村人が野菜や果物を育てていた。
中には高齢の人もいたが、元気に畑仕事に精を出していた。
そんな村を見渡していたアオイだが、ある家の畑の前を通りかかった際にふと足を止めた。
「ん?アオイ?どうした〜」
「あ。ごめんごめん。つい立派なかぼちゃだなと思って」
アオイが視線をとめたのは立派に育てられたかぼちゃ畑だった。
「おお〜これはでかいな」
「ね。う〜ん。一つ頂けないかな」
思わず立派なかぼちゃを見てアオイは呟く。
するとそんなアオイの元に快活な声が届いた。
「はっはっは。それは嬉しいね。よかったら貰ってってくれ」
その声にアオイとアトラスが振り返ればそこには焼けた肌に農業用の藁を編んだ帽子を被り、長袖長ズボンに長靴を履いた中年の男がたっていた。
服の所々には土がついている。
「ん?この畑あんたんとこの畑か?」
「ああ。そうだ。俺が手塩にかけて育ててるかぼちゃだ。味は保証する」
男はそう言うと簡易的な柵を超えて畑の中へと入っていってかぼちゃを覆うツルをどかし、その大きなかぼちゃをアオイへと見せた。
「わぁ。本当に立派ですね」
「だろ?せっかく目つけてもらったんだ。安くしとくぜ」
「いいんですか?ありがとうございます。それじゃ一つもらいます」
「おう!好きなの選んでくれや」
そうして村人の男から立派なかぼちゃをひとつ買ったアオイは嬉しそうにかぼちゃを抱えて歩いていた。
「ほんとに立派なかぼちゃだなぁ。何作ろうかなぁ」
頬を緩ませるアオイにアトラスはにやりと笑う。
「どうせ半分はタルトになるんだろうけどな」
「えっ」
それを聞くとアオイは緩めていた頬を突如固くして頬をやんわりと染めていた。
「ははっ。ま、アオイの作るもんは何でも美味いからなぁ」
「そう言ってくれると作りがいがあるよ」
ありがとう、と礼を述べるアオイにアトラスはおう、と返したあと道の先を見てお、と零した。
「あれ、ノルンじゃねぇか?」
「あ、本当だ」
「ん?誰かといるな」
アトラスの少し先には見慣れたマントと柔らかなホワイトブロンドが見えた。
その足元には小さなシロクマが張り付いている。
しかしなにやらノルンは誰かと熱心に話をしているようだった。
「お〜いノルン〜」
アトラスが声をかけるが、まだ少し距離があったためかノルンは振り返らない。
もう少し近づいてアトラスが再び声をかける。
「おーい」
否。しようとした時だった。
ノルンと向かい合っていた男が口を開いた。
そして。
「すっ…好きですっ!!!!…僕とっ付き合って頂きたいっ…!!」
「あ?」
「…え」
そう大きな声で告げると勢いよくノルンに頭を下げて手を差し出したのだった。
突如とんでもない現場に遭遇してしまったアトラスはぽかんとして、アオイはサァーッと顔を青く染めると思わず先程もらったかぼちゃを自身の足元に落としてしまった。
「…ッ〜〜〜!?!?」
「…!?…えっ…おい、アオイ!?」
そして声にならない痛みに悶えることとなった。
アトラスも思わず隣でぎょっとしてアオイに声をかける。
そこでようやくノルンは自分たちを見つめるアオイとアトラスに気づいたようだった。
「…アル…にアオイさん?」
「……………おう」
盛大に告白をされたにも関わらずノルンの表情はいつも通りの真顔。少し首を傾げるだけのノルンに思わずアトラスはそれしか言えなかった。
アトラスを見たノルンは少し横に視線をずらしてアオイを見る。
そこで足元を抑えて蹲るアオイを見るとすぐに青年から離れてアオイの元へと駆け寄った。
「アオイさん。大丈夫ですか」
「…う…うん、だ…大丈夫。…大丈夫…うん」
アオイの傍に迷わずしゃがみこんで伺うノルン。
アオイは未だ痛みでじんじんとする足を抑えて顔を青ざめさせながらもノルンを心配させない為か微笑んでそう告げた。
「すぐに手当します」
「…ううん…大丈夫。もう少しで…立てるから。…ありがとうノルンちゃん…」
アオイの言葉に頷きながらもノルンはアオイの足でクッションとなり傍に転がったかぼちゃを抱えながら心配そうにアオイを見つめる。
そんなアオイとノルンの真横ではアトラスが同情するような瞳でアオイを見つめていたのだった。




