122.君の欲しいもの
ノルンが目の前の青年に礼を言ってその場を去ろうとした時だった。
「ちょ…ちょっと待ってくれ…!」
青年に呼び止められてノルンは足を止め振り返る。
「はい」
「あ…。…急に呼び止めてしまって…す…すまない」
「いえ。どうかされましたか」
青年は咄嗟に出た言葉だったのか、ノルンが足を止めると視線を逸らして気まずそうに言った。
そんな青年にノルンが用を問えば青年は俯いて口をパクパクとさせる。
「どうかしたの…?」
ポーラはまだ知らない人物対しては警戒心がある様でノルンの足元にしがみついて顔を半分だけ覗かせている。
ポーラの声に決心が着いたのか青年は顔を上げた。
そして決意を決めたように少し頬を紅潮させて、ふんすと鼻息を荒くして口を開いた。
「突然ですまないがっ」
「はい」
「先程の礼だと思って僕に協力してはくれないかっ…!」
「協力、ですか?」
「そうだ」
首を傾げるノルンに青年は力強く頷く。
「はい。構いません」
「本当かっ…!?」
「はい。私に可能な範囲内でしたら」
ノルンがそう言えば青年は顔を明るくさせた。
二つ返事で了承してしまうノルン。
今彼女の傍にアトラスが居れば、おいおい知らない人間の頼みを二つ返事で了承するな、とか。せめて内容を聞いてからにしろ、とか呆れてお小言を言われていたであろう。
しかし彼女の傍には可愛らしいシロクマと小型の狼とは誰も思うまいが狼しかいない。
分かれて数分の間に引受ごとをしているノルンにアトラスは後で苦笑することとなるだろう。
「…それで一体私は何をすればよろしいのですか?」
やった、やったぞ、よくやった僕、と一人でぶつぶつとなにやら呟いている青年にノルンは聞く。
青年はコホンと最もらしく咳払いをする。
「…いや、うん。えっと大したことじゃないんだ。その、も…もしなんだが」
「はい」
「君がプレゼントを貰うとしたら…何が欲しい?」
視線を逸らして頬を染めてごにょごにょと零す青年。
思わずノルンは考えも見なかった質問にキョトンとしてしまった。
「…プレゼント、ですか?」
ノルンが聞き返せば青年はあぁ、と頷く。
「…その…僕の知り合いの知り合いのそれまた知り合いの人の話なんだけど」
「はい」
「丁度き…君くらいの女の子のことをす…好きな人がいて、プレゼントをしたいらしいんだ」
そこまで聞いてノルンも漸く納得したようだった。
つまりは同じ年頃の同性の者としての意見が聞きたいということだろう。
「…そうでしたか」
「う…うん。だから良かったら参考にしたくて…教えてくれないかな?」
緊張した面持ちで告げる青年にノルンは少しだけ眉を寄せて考える素振りをする。
しかし特にこれと言って欲しい物が思い浮かばない。
「…申し訳ありません。私には心当たりがありません」
結局しばらく考えた後にノルンは素直にそう告げた。
するとノルンの返答に青年はえ、と動揺した声を出した。
「な…無いって事はないだろ?ほら、アクセサリーとか化粧品とか、宝石とかさ」
アクセサリーに化粧品に宝石。ノルンは青年の言われたことを脳内で繰り返してみる。しかしどれもこれと言って特に欲しいとは思わなかった。
「いえ。特には」
「いやいや、そんなはずないだろ?ほら、何でもいいんだ…頼むから教えてくれよ〜…。ほら君の好きな物とか興味あるものとかさぁ…」
「………」
本当にこれと言って特に欲しいもの等思い浮かばないのだが、目の前の青年に縋るように見つめられてノルンはもう一度真剣に考えてみることにした。
好きな物、興味あるもの。
そうしている内にノルンはなにか思い当たることがあったのか顔を上げた。
「…未知の植物、でしょうか」
「え?」
顎に手を当ててそう呟いたノルンに青年は思考を停止したように口をぽかんとあける。
「え?…何?」
「…未知の植物です」
「…なんで?」
「新しい魔法薬が作れるかもしれませんので」
「…ポーション…?君、薬草使いかなんかなの…?」
「それに本も好きです」
「…本?君、字が読めるんだ。…あ、でも彼女はどうなんだろう」
「あとは…アオイさんの作ってくださるオムレツとかぼちゃのタルトが好きです」
「…君、聞いてないね。アオイ…?誰?っていうかうん…そう。…うん。ありがとう。…もうわかったよ」
好きな物、興味あることと言われ思い当たったものをノルンは口にした。
傍から聞いている者がいたとしたら噛み合っていない会話に疑問符が止まらないだろう。
しかしノルンは至って真面目な顔をして青年を見つめていた。
「はい。参考になりましたでしょうか」
「…いや、うん。…うん」
「そうですか。それは良かったです」
ノルンの質問に対して頷く青年の顔はどこかげっそりとして落胆している様子だった。
しかしノルンがそれに気づくことはなかった。




