121.挙動不審な男
コラル島からハルジアの大陸に渡ったノルン達は再びベルンを目指して旅を再開した。
現在ノルン達はトト山脈という山の麓のなだらかな斜面に位置する村に向かっていた。
雑木林を歩き途中出現する魔物を難なく討伐しながら進む。
なだらかとはいえ傾斜の道だ。
途中ポーラは小さな身体が体力の限界を迎えたようでそれ以降はブランの背に乗っていた。
「お、見えてきたな」
アトラスが道の先を見上げれば小さな旗が靡いており、村の建築物と思われる建造物の端が垣間見える。
「あともう少しだね」
「はい」
その後少し歩いてたどり着いた村は何処にでもあるような長閑な小さな村だった。
ノルンが村の入口の手前でマントのフードを落とせばブランはノルンの意図を汲んだかのようにその大きな体躯を小さくさせた。
小型犬ほどの大きさになったところでノルンはブランを抱き上げ慣れたようにフードに誘導した。
村に入れば村のあちこちに小さな畑が見えて、村人が畑仕事をしている。
そんな自給自足の長閑で小さな村をに足を踏み入れたノルン達はまず宿屋を探した。
宿屋は村に一軒だけあった。
ロッジのような一軒家で3人と一匹が泊まるには十分な広さだった。
目の前に木造の宿屋が見えたところで買い出しと宿屋の受付をする2組に分かれることにした。
話し合いの結果アオイとアトラスが宿屋の受付、ノルンとポーラが買い出しに向かうことになった。
「それでは宿屋の受付の方、よろしくお願いします」
「うん。僕たちも受付が終わったらお店の方に行くね」
ノルンはアオイの言葉に頷いたあとポーラに「それでは行きましょうか」と声をかける。
ポーラはノルンの声に頷くと先程までのぐったりとした様子はどこへやら。
軽い足取りで店へと向かった。
必要なものは消耗品類、または食料品類であった。
消耗品類はすぐに物がみつかり買うことが出来たものの、食料品類を売っている店が中々見当たらない。
「お店、ないのかなぁ」
「…どうでしょうか」
店を小さな歩幅で確認しながら首をひねるポーラ。
一通り店は見て回った気がしたが、食料品類を売っている場所が見当たらない。
「…一度村の方に聞いてみましょうか」
肉や魚、木の実やハーブ類は旅の道中で確保することが出来るが米やパン、粉類となるとなかなか道中で確保することは難しい。
そのため可能な限り村や街に滞在する際には買いだめで置くようにしている。
トランクに保管している米やパンが残り少ないのでここで出来ることならば補充しておきたい。
ノルンは周りを少し見渡す。
するとある一点でノルンは視線を止めた。
一軒の家を囲う1mほどのレンガの石壁。
そこに背をかがめて大きな体を隠すように視線だけをレンガの上から覗かせる男がいた。
男はノルンに背を向けており、両手をレンガの石壁の上に置いてそこから伺うように何かを見ていた。
ノルンは思わず背後から無言で眺める。
「ノルン〜。あの人何してるの?」
「わかりません」
この時点で大分癖のある人物でありそうだが、ノルンはそんなことはお構い無しに近づく。
そして「すみません」と男に声をかけた。
「…………」
男は背後で声をかけるノルンに気づかない。
「すみません。少しお聞きしたいことがあるのですが」
「………」
男にノルンの声は全く届いていない様だ。
男は振り返らない。
「あの。すみません」
「……ッうわあぁぁぁッ…!?」
そしてノルンの小さな形の良い口元が彼の耳元まで迫った所で男はようやくノルンに気がついたらしく、素っ頓狂な声をあげると身体を1mほど飛び上がらせた。
漸く視線が交わった男の瞳は最大限見開かれている。
「なッ…だッ…誰だッ…!?」
レンガの石壁に手をついて腰を抜かす男にノルンは小さく頭を下げる。
「驚かせてしまい申し訳ありません。少しお聞きしたいことがありまして」
「…き…聞きたいことだと?」
「はい」
男は飛び跳ねた心臓を抑えるように胸に片手を置きながら怪訝そうにノルンの言葉を繰り返す。
「こちらの村にお米やパンを売られているお店はありますでしょうか。あとお野菜などもあると有難いのですが」
ノルンが丁寧に告げる。
しかし男は何故か口を半開きにしてノルンを見開いた瞳のまま凝視しており、その頬は淡く染め上がっていた。
「どうかされましたか」
呆然とノルンを見つめたまま声も出なくなった奇妙な男にノルンは声をかける。
するとそこで男は現実に戻ってきたらしくはっとして身体を揺らすと「あ…あぁ」と挙動不審に頷いた。
「…米ならここから3つ先の爺さんが育ててる。パン…はないな。野菜なら数件爺さん婆さんが育ててるとこがある。…ここはちっちゃい村だから直接畑に行ってもらって来るといいぜ」
男は壁を支えにしてよろよろと立ち上がる。
思いのほか体格がよく、立ち上がった男の背は高い。少しふくよかな身体にそばかすの顔。
しどろもどろになりながらも質問に答えてくれた青年にノルンはそうでしたか、と言うと再度頭を下げたのだった。




