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norn.  作者: 羽衣あかり
“粘土人形と少女”
121/198

120.旅立ち

 コラル島出発の朝。

 空が明るみ始め、まだ太陽が昇っていない早朝にノルン達はコラル島の船渡し場に来ていた。

 その場にいるのはノルン、アオイ、アトラス、ブランだけであり、ポーラはまだ来ていなかった。

 その後しばらくしてポーラは母親と共にやって来た。


「お待たせ〜ノルン」


 そう言ってノルンの足元まで駆けてくるポーラの表情は明るい。


「皆様お待たせしてしまいすみません」

「いえいえ。僕たちも今来たところなので」

「だな」


 頭を下げるポーラの母親の顔は少し寂しそうだ。

 それもそのはずだ。

 可愛い息子が帰ってきたかと思えば突如旅に出ると決意をして帰ってきたのだ。

 さぞかしポーラの母親は驚いたことだろう。


 昨夜ホーラスの元を訪れ旅立ちの報告と挨拶を交わしたあと、ポーラの家へノルン達も向かった。

 そこで玄関まで顔を出した母親にポーラは決意をしたように旅立ちの意を告げた。

 母親は驚きに言葉も出ないようだった。

 けれど少しするとただポーラの母親はそう、と零して眉を下げて頷いた。

 その表情は切なくも、口元にはほほ笑みを浮かべ息子の決意を尊重するようだった。


 そして今浜辺にやって来たポーラの母親は昨日と変わらぬ表情をしていた。

 それでも昨日に比べその表情は少しばかり晴れやかな気もする。


「よし、じゃあ揃ったことだし行くか」

「そうだね」


 アトラスはそう言うと行きにも島まで運んでくれた男に声をかけた。

 それを横目にノルンは足元のポーラに視線を移した。

 ポーラもまた少し寂しげな瞳で見送りに来た母親を見つめていた。


「………」


 ノルンはそんなポーラと母親を見比べたあと、自分の判断は正しかったのだろうか、とふと思ってしまった。

 旅に連れ出す前にポーラと兄弟達の仲を少しでも取り持つように努力をするべきなのではなかったのだろうか。

 もっと話をして聞く努力をするべきではなかったのだろうか、と。


 もう船を出してしまえば引き返せない。

 しばしの間コラル島に戻ってくることは叶わないだろう。

 ノルン達が目指しているのはハルジアの首都であるベルンなのだから。


 ___ポーラ、本当にいいのですか。


 思わずその言葉が口をついて出そうになった。

 しかしその言葉を発するより前にノルンの前にポーラの母親があゆみ出た。


「…ノルンさん」


 名を呼ばれはっとして視線をポーラから目の前のポーラの母親に移す。


「…はい」


 ノルンが返事をすれば、ポーラの母親は笑みを深めて柔らかな肉球のついた両の手で、ノルンの両の手を持ち上げると軽く握った。


「…本当にありがとうございます」

「…ぇ」


 ノルンは小さく動揺の音を零した。


「ポーラを助けていただいた上に、旅にも連れて行って下さるなんて」

「………」

「…本当にどれだけ感謝してもしきれません」


 そう言ってぎゅ、と手を優しく握るポーラの母親にノルンは戸惑っていた。

 だから、つい。


「…恨んで、いらっしゃらないのですか」

(…貴方の大切な家族を連れていくというのに___)


 そう考えていた言葉が口からこぼれてしまった。

 ノルンの言葉にポーラの母親はポーラとよく似た大きな瞳を少しだけ見開いて驚いた顔をする。

 しかしすぐに目を細めると首を振った。


「…いいえ。…いいえ、どうして息子の恩人の貴方を恨むことが出来ますか」

「…………」


 ポーラの母親の言葉は偽りだとは思えなかった。

 心からノルンに感謝を示している。

 そんな風に見えた。


「本当ならば私が兄達からこの子を守ってあげねばなりませんでした。母親なのですから。…ですが、どれだけ私が注意をしたところで無駄でした。あの子達は私の目の届かない場所でポーラを虐めるようになりました」


 自傷気味な笑みを浮かべた母親はそこで決意したように顔を上げた。


「ですから、どうか。ノルンさんがよろしいのでしたらこの子を貴方の旅にお連れください。きっとそれが一番良いのです」

「おかあさん…」


 この子にとっても、あの子達にとっても。

 母親はそう呟いた。

 ポーラがそんな母親を見上げて寂しそうに名を呼べば母親はポーラに視線を移したあとで今度は心底嬉しそうに微笑んだ。


「この子はたくさん貴方達のことを話してくれました。とても、とても優しい方々なのだと。助け出したあともずっと面倒を見て、ここまで送ってきてくれたと。…この子が誰かのことを楽しそうに話してくれるのは初めてのことでした。私は…私は本当に嬉しかったのですよ。ノルンさん」


 微笑むポーラの母親の瞳には薄い膜が出来ていた。


「…ですから、改めてポーラのことをよろしくお願いします。ノルンさん」


 ポーラの母親はそう言うとノルンの両手をそっと離してゆっくりと頭を下げた。


「___はい」


 波の音に混じって凛としたそれでいて柔らかさも持ち合わせたソプラノが響く。

 ポーラの母親はその声に顔を上げる。

 朝日がほんの少し顔をのぞかせる。

 少女の横顔が僅かに照らされる。


「…私の方こそポーラと旅をこれからも続けられるということが嬉しくて堪りません」


 ホワイトブロンドに光が透ける。

 そして息を吹き込まれたようにその美しい宝石目は一気に彩度を上げて輝いた。

 その美しさに思わずポーラの母親は目を見開いた。


「___ご安心ください。命にかえてもお守り致します」


 まるで騎士の様に告げた目の前の少女は到底15には見えないほど大人びていて。


 ___そう。それはそれは、本当に、美しかった。




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