116.心残り
コラル島についてから既に今日で3日が経過しようとしていた。
その3日間何をしていたかといえばノルンはコラル島で初めて見た植物の観察、魔法薬作りに没頭。アトラスは知り合いや友人の元を訪ね、アオイは買い出しや食事を作りながらノルンと共に宿で過ごす日々を送っていた。
そんな日の昼下がり宿屋の部屋ではノルンが机にペンを置いた音が小さく響く。
ノルンの机の上には数種類の薬草と思われる草花が置かれ、それらはノルンの手元のノートに正確に写し取られ何やら様々な書き込みが事細かになされていた。
たった今ノルンは最後の植物の記録を終えたところだっだ。
コラル島で生息している植物についてはコラル島の薬草使いの元へも訪れて確認をして、効用も一通り教わりノートに書き込んだ。
そんなノルンを見計らったようにノルンの後ろからアオイが顔をのぞかせた。
どうやらアオイも食事の仕込みが一段落したらしい。
食事については普段の食事のほとんどをアオイが作ってくれていた。
いつも食事を任せてしまって申し訳ないとノルンとアトラスがアオイに伝え、分担すると申し出た所、料理が好きだから全然大丈夫と微笑まれてしまい、またアオイの料理の腕は確かなもので結局ノルンとアトラスも口を噤まざるをえなかったのだ。
「ノルンちゃん。お疲れ様。記録はおわった?」
「はい。…アオイさん、食事の支度をしていただきありがとうございます」
「ううん。それは全然!」
アオイは首を振りながらそういえば、と口にする。
「ここに滞在するのってノルンちゃんの記録が終わるまでって話だったよね?」
「…はい」
アオイの言葉にノルンは小さく頷いた。
そう。コラル島を訪れた当日の夜にノルン、アオイ、アトラスは此処での滞在期間について話し合っていた。
そこで最終的にノルンの記録が終わってから、ということで決定した。
しかしノルンはアオイの言葉に頷く際に少し遅れて返事をした。
そんなノルンを見てアオイは考える。
ノルンの兄弟のアランやレオ。師であるフローリアほどアオイはまだノルンの表情変化や感情変化について読み取れる訳ではない。
しかしここ最近で少しずつではあるが当初よりは察せるようになってきたと思う。
おそらく今はこの島の滞在終了とも思える発言を自分がしてしまったためにノルンは不安や迷いを覚えて気まずそうにしているのでは無いかと思えた。
ノルンが感じる迷いや不安とはもちろんポーラの事である。
兄弟家族同士で助け合い、守り合うことのできる家族関係であれば何も心配することなど無い。
しかしノルン達は実際にポーラが兄弟であるはずの家族から酷い言葉を投げかけられていたのを見ている。
そのためにノルンはこの島から踏み出すに踏み出せずにいるのだ。
なんとなくしょんぼりと悩み落ち込んでいる様に見える。
思わず犬や猫か何かの耳が着いているような幻覚さえ見えてアオイは慌てて首を振った。
そして気を取り直すように優しく微笑んだのだった。
「ねぇノルンちゃん。せっかくだし一緒にコラル島を歩いてみない?」
「歩き、ですか?」
突如のお誘いにノルンは不思議そうに首を傾げる。
「うん。もう少しでここともお別れだと思ったらゆっくり綺麗なこの島を最後に歩いてみたいと思って」
照れくさそうにアオイが笑う。
しかしそれはノルンを気遣ってのものだとノルンにはすぐに理解できた。
そして一瞬の間を置いたあとノルンは小さく頷いた。
コラル島は今日も快晴で徐々に夏の日差しが暑くなる日々が続いている。向日葵が島のあちこちで背高く咲き誇り島を明るく照らしている。
そんな集落の中をノルンとアオイは肩を揃えて歩いていた。
「もうここに来てから3日かぁ。早いね」
「はい」
ゆっくりと歩いてくれているのだろうか。
それともゆっくりと景色を見たいのだろうか。
のんびりと足を進めるアオイにノルンは頷く。
木陰に入れば葉同士が擦れ合う音が少しだけ暑さを緩和させる。
そんな中ふとよく知る声が前方から聞こえてきてノルンとアオイは足を止めて顔を見合せて口を閉じた。
声のする方に視線をやればノルン達の前方の方に見知ったシロクマを取り囲む多数のシロクマを目撃した。見知ったシロクマとはもちろんポーラのことである。そしてそのほかの多数はポーラの兄弟で間違いなさそうだ。
ポーラは輪の中で頭を下げて、まる耳を折り曲げ萎縮したように胸を手の前で握り身体を縮めている。
その姿にノルンの胸がまた締め付けられた。
ポーラにそんな顔をして欲しくは無い。
けれどこういう時はどうすれば良いのだろうか。
どう行動することが最適なことなのかが分からず、ノルンは珍しく焦り、縋るようにアオイを見つめた。
そんなノルンにアオイは少し驚いてほのかに頬を染めたあと小さくこほんと咳をしてノルンを安心させるように表情を和らげ人差し指を口の前に立てたのだった。




