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norn.  作者: 羽衣あかり
“粘土人形と少女”
116/197

115.これから。

 ホーラスに亡き母の話を聞いた後、礼を告げて家を出てきた。

 その後アトラスに連れられて美味しい海鮮パエリアを食べた時も、露店を見て回った時もノルンは心ここに在らずと言った様子だった。

 唯一ノルンが反応したのは露店の商品を見ていた時に一人の年老いたウールから「貴方様はここを少し前に救ってくれたお嬢さんとよく似ておる」と言われた時だった。


 夜になり、ポーラは少し寂しげな様子だったが自分の家に帰っていった。

 ノルン達は宿をとり、3人でひとつの大きな部屋に集まっていた。

 ノルンは未だ何かを考え込むように口を閉ざして膝の上で丸くなるブランの頭を無心で撫でている。

 そんなノルンにアトラスとアオイは顔を見合わせた。


「おーい。ノルン〜。おーいって」


 アトラスが何度も声をかけるがノルンは反応しない。

 やっとアトラスが目の前まで来てノルンの頬を軽く引っ張った所でノルンは不思議そうに顔を上げた。


「やっと気づいたか」

「…アル。どうかしましたか」


 呑気に首を傾げるノルンにアトラスは「どうかしましたかじゃね〜」とため息を着きながらノルンの前に座った。


「ホーラスの爺さんの家を出た時からずっと上の空だっただろ?」


 そんなつもりは無かったが、確かにホーラスの家を出てからの記憶があまりない。

 失礼な態度をとってしまっていただろうか。

 そう思ったノルンは謝罪をしようと口を開く。


「…すみません。アル。失礼をして…」


 しかしまだ謝罪途中のノルンの言葉はアトラスのふわふわの肉球によって遮断される。

 ぽむ、っと可愛らしい音がした。


「全く…。ちげぇよ」


 そこでふわりと甘い香りが花を掠める。

 ノルンが少し顔を上げればそこには温かいお茶を入れたアオイが立っていた。

 そしていつもの様にアオイはソーサーとカップをノルンとアトラスに手渡す。

 ノルンは礼を言って受け取る。

 今日の紅茶は甘い香りがする色は乳白色のミルク多めの紅茶だった。


「アトラスのは少し冷ましてあるけど熱かったらもう少し時間を置いてね」

「おう!サンキュ!」


 紅茶をそれぞれに手渡したアオイは最後に残った自分の紅茶を持つと、ノルン達の近くに座った。

 部屋はそこそこの広さがあるのに中心に3人固まって座っているのは何だか奇妙に思ったがノルンがそれを口にすることはなかった。


「お、うまい」

「良かった。今日のはミルクティーだよ」


 ミルクティー。初めて聞いたがとても美味しい。

 心の中で覚えておこう、と言い聞かせもう一度こくりと喉を鳴らす。


「んで、ノルン。今日一日お前が上の空だった原因はホーラスの爺さんから聞いたお前の母親の話が理由なんだろ?」


 紅茶を口に含んでいる最中にアトラスがこちらを見たので、ノルンは一度カップから口を離したあと小さく頷いた。


「ノルンちゃんのお母さんの話かぁ。確かにびっくりしたよね」


 アオイも紅茶を少し口に含んで飲む。


「俺はこの島が瘴気に侵されたって話にも驚いたが…」


 笑いながらアトラスが言う。


「まぁ、やっぱり一番は瘴気を浄化することができる人が居たってことだな。それがノルンの母親ってこともかなりの衝撃だが」


 ノルンも小さく頷く。

 瘴気というのは少し前にバルトの身体をおかし続けていたいわば毒のような気体だ。

 多く摂取すれば身体に不調が出る。病にかかることもある。瘴気が濃く、増量すれば増量するほど魔物に力を与え、魔物を活発化させる。

 ハルジアでは瘴気に関する言い伝え、おとぎ話は多数残っている。

 しかしそのどれもが瘴気の生まれについて触れたものはなく、ただただ“触れてはならぬもの”という暗黙の了解を大陸を生きるものに示し続けるものだ。


 そんな瘴気をノルンの母ベルが浄化したという。

 これは俄には信じ難い話であった。


「ノルンの家系は…巫女かなんかなのか?」


 巫女。それは古くから神の声を聞くもの達がついた役職だ。しかしノルンの記憶が確かならばノルンの家は普通の家だったはずだ。

 祭事などをしている所は記憶にない。

 まだ幼い頃に母と父との繋がりが絶たれてしまったために実際のところは分からないが。


「…そんなことは無かったと思います。今日ホーラス様が話してくださったお話は全て…私にとっても初めて知るものでした」


 未だホーラスが語ってくれた話をノルンもまた信じきれないでいた。母は何か特別な力を持っていたのだろうか。


「そうか。…まぁあんな話を聞いたら上の空にもなるよなぁ」


 ノルンが顔を上げる。

 目の前のアトラスは嫌味でもなんでもなくただいつもの様に快活に笑っていた。


「うん。でも本当にノルンちゃんのお母さんが大陸を旅していたなら、これからももしかしたら旅の途中でノルンちゃんのお母さんについてまたお話を聞くことがあるかもね」


 アオイの言葉にノルンがぴくりと反応する。

 ノルンの旅の目的は父を探すことだった。


「あぁそうかもしれないな。俺たちもこれから大陸中を旅するんだからな」


 しかし今日思いがけずして母の軌跡に少し触れることが出来た。

 突拍子もないにわかには信じられない話ではあったものの、やはり母に触れられたことが嬉しかった。


(…これから)


 アトラスもホーラスの家で言ってくれた言葉をもう一度繰り返す。

 これから。

 その言葉は今迄生きる目的も目標も楽しみも何も無いに等しかったノルンに今までにない小さな高揚を感じさせた。


 今はまだこの高揚の理由をノルンは知らない。

 けれどたしかにいつもより少しだけ高鳴る鼓動はノルンの心を温かく満たした。


「…はい」


 アオイの言葉に小さく呟いたノルンの表情はとても穏やかで、思わずそんなノルンを見たアオイとアトラスは嬉しそうに顔をほころばせたのだった。


 これから、こと聞いてふとノルンはポーラのことを思い出した。これからの旅にはあの可愛らしいシロクマはもういない。そう考えると少し胸がきゅ、と縮まったような気がした。

 しかしその感覚に慣れていないノルンは不思議そうに首を傾げて胸の前に手を置いたのだった。

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