111.長老様
長老様と呼ばれるフクロウの家へとノルンはアオイと共に足を踏み入れた。
中に入れば日陰に入ったことで少し周囲の気温が下がる。家の中はたっぷりと太陽の光が差し込んでいて明るい。
見る限り部屋は仕切られておらず、入った瞬間一つの大きな部屋に迎え入れられる。
その部屋の中央には大きな椅子が置かれており、誰かが腰をかけている。
アトラスとポーラがその前に立っていて、尚且つ影になっているため、そこに座っている者の姿を確認することは出来ない。
が、恐らくそこに座っているのが長老様なのだろう。
足元は鋭い爪が三本。
そしてマントの隙間からは美しい羽根が見えていた。
椅子の前でポーラが嬉しそうに飛び跳ねている。
部屋の所々には歴史を感じさせる巻物や書物が置いてあり好奇心に駆られるが、一先ず長老に挨拶をするべきだと思いノルンはアオイの背中についてアトラス達の元までやってきた。
「ほほう。ポーラか。良かった。無事だったのだな。それにお前は…ほっほっほ。珍しい客だ。アトラス。帰ってきたのだな」
「一時的にな。色々あってポーラを送りに来たんだ」
「ほほぅ。そうか。何やら色々あったようじゃの」
穏やかで優しげな声が聞こえる。
アトラス達の元に近づくにつれて椅子に座る長老の姿が顕となった。
ノルンやアオイよりも遥かに大きな身体な豊かな羽根に覆われている。
ゆったりと椅子に腰をかける長老は大きな瞳を優しげに細めポーラをアトラスを交互に見ていた。
美しい茶色と白色の羽根。
瞳はアトラスと同じく黄金の瞳に瞳孔は黒い。
瞳を覆ってしまうのではというほど瞳の上には豊かな羽根が生えている。
嘴の上にはちょこんと小さな眼鏡がお飾りのようにかけられている。
ノルンとアオイがアトラス達の少し後ろまで来て、ようやく長老はアトラスとポーラ以外の客に気づいたようだった。
「ほほぅ。これは失礼した。お客様ですかな」
優しげな瞳がノルンとアオイを捉える。
「ノルンにアオイ。それにそこのフードに入ってんのはブラン。爺さん俺の旅の仲間だ。ポーラを助けてくれたのもノルン達たぜ」
アトラスがノルン達を紹介すると長老はノルン達を見てゆっくりと一度大きく頷いた。
「ほうほう。そうでしたか。それはそれは。私はホーラスと申します。この度は私共の仲間を助けていただいた上に送り届けていただき誠にありがとうございます」
この様な姿勢で申し訳ない、と言いつつ頭をゆっくりと丁寧に下げるホーラスにノルンは顔色を変えず小さく唇を開く。
「…初めまして。ホーラス様。ノルンと申します。…ポーラに関しましては、こちらこそポーラのお陰で楽しい時間を過ごすことが出来ました。お礼を言うのでしたら私の方ですのでお気になさらないでください」
普段口数の少ないノルンであるが、さすがに長老を相手にしているためかゆっくりではあるものの努力をして言葉を紡ぐ。
ノルンが口を閉じるとポーラがノルンの足元でノルンの名を呼びながら感動したように目を潤ませてノルンを見上げていた。
ノルンは何も返事はせず優しげな眼差しだけをポーラ向ける。
その様子を見ていたホーラスは嬉しそうに目を細め笑った。
「ほっほ。そうでしたか。お気遣い感謝いたしますぞ。ノルン殿。しかし大切な仲間を送り届けて頂いたのです。何か礼をさせて頂きたい。お望みのもので私共に与えられるものなら喜んでお贈りさせて頂きましょうぞ」
ノルンはその言葉を聞いて小さく首を左右に降った。
ノルンとしてもポーラが心配で着いてきただけなのだ。礼を貰うのは忍びない。
「ふむ…。そうですか…しかし…」
けれどホーラスは納得していないのか、どうしたものかというように大きな翼で顎を撫でる仕草をする。
「ん〜爺さんが言うならなんか貰ってもいいと思うぜ?」
「…………ですが」
アトラスにそう言われてもノルンは頷かない。
そこでノルンは何かを思い出したように「では…」とホーラスに向き直る。
「一つお尋ねしてもよろしいですか?」
ノルンが真っ直ぐホーラスを見つめるとホーラスは丸い瞳をノルンと交差させて「勿論です」と頷いた。
ノルンはどこかほっとしたように頷くと、胸元から一つの銀のリングを取り出した。
そしてそのリングを握ったままどこか縋るように、小さく呟いたのだった。
「…ホーラス様。…シリウスという人をご存知ですか?」
と。
しんとした静寂が落ちる。
ぴちちちち、という鳥の鳴き声だけが聞こえる。
ノルンにはその一瞬が十数秒の様に感じられた。
ノルンの問いにホーラスが少しばかり目を伏せる。
そしてゆっくりと大きな頭を左右に降った。
「…シリウス…。申し訳ありません。ノルン殿。その様な名前の者は聞いたことがございません」
ホーラスが申し訳なさそうに口にする。
「…そうですか。いえ、こちらこそすみません。ありがとうございます」
ノルンは表情を変えることもなく言った。
しかしホーラスは何故か何か記憶を辿るようにじっとノルンを見つめ続ける。
「…ふむ」
「…ん?どうかしたか?爺さん?」
そしてその後、一分ほどホーラスはノルンを見つめ続けてようやく「…あぁ」と零した。
「…どうかしたんですか?」
アオイが首を傾げる。
「…シリウス殿とやらは分からないが…何処かで貴方を懐かしく感じていました」
「……?」
ノルンもまたホーラスの意図が分からず少し首を傾げる。
そんなノルンにホーラスは優しく微笑んだ。
「昔、貴方のような方とお会いした。…そうだ。貴方はあのお方…ベル様とよく似ていらっしゃる」
「…ぇ」
思いがけず触れられたその名前にノルンは時が止まったかのように小さく声を漏らすのだった。




