109.ポーラの家族
たくさんの者に声をかけられながら集落の大通りを進む。
「アトラスは人気者なんだね」
「ん?いや、故郷だからみんな知ってるってだけだ」
アオイの言葉にアトラスは笑って返す。
その後でさて、というようにノルン達に向き直った。
「よし、コラルにも着いた事だし、そんな広くはねぇが案内するぜ!…って言いたいところだが」
アトラスがポーラを見つめる。
「そうだね。先にポーラを送り届けなきゃね」
アオイの言葉にノルンが頷く。
「…あう」
ポーラは会話の中で出てきた自分の名前に一瞬顔を上げたものの再び顔を俯かせて胸の前で手を握った。
「………」
3人は顔を見合わせる。
ポーラはやはり家に帰ることに乗り気では無いようだ。しかしポーラの故郷はここであり、送るためにノルン達がここまで来た以上見届けなければならなかった。
「…ポーラ。家まで案内できるか?」
「…うん」
アトラスが優しく問いかければポーラも理解しているように小さく頷いた。
ポーラの家はどうやら集落の奥に位置しているようだった。
途中でウール族の子供たちとすれ違ったが、どうやらその子達はポーラを見ると何か話しているようだった。
その度にポーラの小さな身体が余計に小さくなる。
「……………」
そしてある場所でポーラは足を止めた。
「…ここだよ」
そこは決して大きいとは言えないが、木材とヤシの葉で作られた家だった。
ポーラが家を見上げていた時だった。
ポーラが家に入るより先に家の入口からポーラと同じく白い毛皮をもつウールが出てきた。
そしてポーラを見つめると目を丸くする。
ポーラは身体を固くする。
「あー!ポーラだ!おーい!ポーラが帰ってきたぞー!」
そして大きな声で、どこか意地悪に口角を上にあげると家の中に向かって叫んだのだった。
途端家の中でガタガタと音がしたかと思えば、目の前のウールと同じくシロクマのウール達が後から3匹ほど走ってやってきた。
そしてポーラを見た途端それぞれが驚きの声を上げ、意地悪そうに、からかうようにポーラを取り囲んだ。
まるで少し後ろに立つノルン達に気づいていないというように。
「うわッ!本当だ!ポーラだぜ!」
「ほんとだ!急に居なくなったと思ったのに!」
「お前どこ行ってたんだよ?皆で魔物に食べられたと思ってたのに!」
最後の一人がそう言うと、示し合わせたように4匹が笑い出す。
あの4匹がポーラが兄弟なのだろうか。
ポーラは取り囲まれた中心で俯いている。
そしてやはりポーラは兄弟たちと比べても身体が極めて小さかった。
その様子を無言でノルン達は見つめていた。
「…あいつらがポーラ兄弟か。なるほどな」
「…………」
頷くアトラスの横でノルンの表情は硬い。
そこで様子を見ていたノルンが思わず前に進み出る。
ポーラの兄弟たちの元まで行って声をかけようとした時だった。
「ポーラ?ポーラが帰ってきたの?」
家の入口から優しげな声が聞こえた。
ノルンは開きかけていた口を閉じて暗がりの家の中を注視する。
そこから出てきたのは母親と思われるシロクマのウールだった。
シロクマのウールは息子たちに囲まれた中心のポーラを一目見るとその小さな体を抱きしめた。
「…あぅ…おかあさん」
「…ポーラ…!良かった…。無事だったのね」
母親の涙ぐむような声色にポーラもゃと気が抜けたのかその瞳は潤んだ。
「フンッ。サメにでも食べられたかと思ったのになー」
腕を組んで母であるシロクマに抱きしめられたポーラ向かってまた取り囲んでたうちの一匹のシロクマが言う。それを他の3匹が笑う。
するとその会話を耳にした母親が顔を上げて咎めるように息子を見た。
「…お前たち…なんてことを言うの。馬鹿なことを言うのはやめなさい」
ピシャリと静かに母親に言われ、息子たちもさすがにうっ、と眉を顰めると一匹が「行こうぜ」と言ったのを合図にどこかに走り出して言ってしまった。
そんな息子達を見てため息をついた母親はふと近くに立って自分たちを見つめるノルンに気がついたようだった。
「貴方は…」
「…あ、おかあさん。ノルン達がぼくを助けてここまで送ってくれたんだよ」
戸惑う母親に腕の中から顔を上げたポーラがそう言えば驚いた母親が立ち上がってノルンに頭を下げるのはすぐのことだった。
感謝の言葉を述べる母親にノルンは「…いえ、お気になさらないでください」ということしか出来ない。
それでもポーラの母親が涙ぐみながら何度も頭を下げるので思わずノルンは後ろで見ていたアトラスとアオイに助けを求めるように視線を移した。
その気まずそうな表情にアトラスはやれやれと言った様子で、アオイは眉を下げて微笑みながらノルンの元に近寄ったのだった。




