105.隠れ住む染師職人
それから数日ノルンたちはバルトの家に滞在した。
引き続きバルトの容態を診るためだったが、星蒼花から作った魔法薬を飲ませてからというもの、バルトの容態は驚くほどみるみる回復していった。
3日後にはバルトはすっかり起き上がって、外に出るまでに回復していた。
パタン、とノルンがベッドで腰掛けるバルトの横でトランクを閉め、バルトに向き直る。
「バルトさんから瘴気の毒気は消滅したようです。もう大丈夫だと思います」
「そうか」
「はい」
今最後の薬をバルトに渡し終えたところだった。
ノルンの言葉にバルトは頷く。
それを見るとノルンはカチャリとトランクの留め具をかけて立ち上がった。
ノルンは既にいつもの植物の刺繍の入ったマントを羽織っており、旅支度は済んでいるようだ。
ノルンの背後にはアオイ、アトラス、ブランが控えていた。
「それでは長い間お世話になりました」
「…馬鹿を言うな。世話になったのは俺の方だ」
ノルンが礼儀正しく頭を下げればバルトは苦笑する。
「バルトのおっさん!元気になって良かったな!」
「うん。バルトさん。お元気で」
「…あぁ。お前らにも世話になった」
それぞれ一言ずつ挨拶を交わしたところでノルンはぺこりとバルトに頭を下げる。
最後までノルンの顔はぴくりとも動くことは無い。
「それではバルト様。ありがとうございました」
ノルンがそう別れを告げて、扉に手をかけた時だった。
「…待て。ノルン」
「…?」
バルトに呼び止められ、振り返る。
するとバルトはノルンに背を向けて部屋の奥にズカズカと入っていくと腕に何やら美しい布を抱いて戻ってきた。
そして、それをノルンに差し出す。
「…バルト様…?」
「…受け取れ」
戸惑うノルンにバルトは低い声で言う。
ノルンはおずおずとバルトの太い節くれの手からその布を受け取る。
そして広げてみる。
「…わぁ、綺麗だね」
「………!」
「……!おい、おっさん、これ…」
ノルンの手渡されたのは美しい深い蒼色と爽やかな青色の二着のマントだった。
手触りは絹のように滑らかでどこかひんやりと気持ちがいい。
アトラスは何かに気づいたようでバルトを見ている。
「…あぁ。耐熱性を備えたマントだ。持っていけ」
「……!」
ノルンは驚いたようにバルトを見る。
「…礼だ。俺にはこれくらいしか出来ねぇからな」
ぶっきらぼうに言うバルトにノルンは首を振る。
「…受け取れません。バルト様。お礼ならもう頂きました」
それはリナからもらったどんぐりクッキーのあたり券と、バルトからも昨夜のうちにもらったモモリコの酒だった。
ノルンがマントを返そうとするもバルトが受け取る気配は無い。
「黙って持っていけ。この先お前らはコラル島に行くんだろう?役にたつ」
「………」
ノルンが困ったようにバルトを見ていると、ふとノルンの手にあるマントを見つめていたアトラスが口を開いた。
「…こりゃあ良い品だ。…これ、おっさんが染めたのか?」
「………」
バルトは答えない。
それをアトラスは肯定ととったのか頷いた。
「おっさん、染師だったのかぁ」
「………」
「ノルン、貰っとけよ。こんなに良い性能のマントは中々大陸中を探しても見当たらねぇぜ」
「…しかし」
またしても答えないと思われたバルトだが、ノルンが渋っているところを見て口を開いた。
「…俺に出来ることはこの位しかねぇ。持っていってくれ」
そこまで言われては受け取らない訳にもいかない。
ノルンは申し訳ないと思いつつもアトラスに従い素直にバルトの気持ちを受け取ることにした。
どうやらサイズ的にこの二着はノルンとアオイのものらしかった。
「バルトのおっさん。俺とポーラの分はないのかよ?」
「お前らウール族は必ず一枚は持ってるだろう」
「ははっ。知ってたか。そりゃあ残念だ」
アトラスとバルトが話している間にノルンは羽織っていたマントを脱いで、バルトから受け取ったマントを羽織り直した。
すると一気に気温が下がったように感じられて思わず驚いてしまう。
「うわ、すごい。一気に涼しくなった!」
どうやらアオイも同じようだ。
ノルンも頷く。
それを見てようやくバルトは満足気に口の端を持ち上げた。
「本当にすごいね。バルトさん、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
笑顔で礼を言うアオイに続いて軽く頭を下げる。
「いや、礼には及ばねぇ。こっちは命を助けてもらったんだからな」
バルトがノルンを見つめる。
ノルンは何も言わないけれど、もう一度だけ静かに頭を下げた。
「うし!んじゃあ行くか!」
「うん。ってあれ?ポーラにリナちゃんは?」
「…いません」
最後に思わぬプレゼントを受け取ったところでアトラスがバルトの玄関の戸を開け、また旅路に戻ろうとする。
しかしそこでアオイが可愛らしいシロクマと女の子の不在に気づく。
確かに先程から姿が見えなかった。
不思議に思って当たりを見渡していれば、とん、と軽くノルンの足元に衝撃が走ったのだった。




