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norn.  作者: 羽衣あかり
“粘土人形と少女”
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104.魔法薬完成

 鍋の中で色を変化させた液体をノルンは確認するように覗き込む。

 そして、その透き通るような薄い水色を見たあと、本に視線を移していつの間にか力が入っていた肩を落とした。

 それは薬が完成したという合図のようだった。


「出来たのか?」


 ノルンの後ろで控えていたアトラスがピンッと耳を立てて立ち上がる。

 ノルンは振り返ると小さく頷いた。

 それを見たアオイとポーラもまた目を見合せて顔を明るくさせた。


 その後すぐに出来上がった薬を布で越してからノルンは小さな小瓶に移してバルトの元へ向かった。

 ベッドではポロポロと涙を流しながらリナがバルトの傍らに抱きつくようにして目を閉じている。


 ノルンがガチャリと扉を開けるとリナが薄く目を開けてぼろぼろと涙を流したままノルンを見た。


「…リナ様。すみません。出来上がった薬をバルト様に飲んで頂きたいので、少しの間こちらで待って頂けますか」


 ノルンはバルトに話しかけるより先にリナと目線を合わせていつも通り感情の籠らない声で言う。

 リナは小さく頷くとベッドから降りてノルンの傍らに立つ。

 ありがとうございます、とノルンはリナに礼を言ってからバルトに近づく。


「バルト様。お休みのところ申し訳ありません。出来上がった薬を飲んでいただきたいのですが、よろしいでしょうか」


 バルトの耳元で声をかける。

 バルトは苦しげに額に汗を浮かべながらもゆっくりと頷いた。そんなバルトの顔には頬、それから首にかけて以前にはなかった瘴気の毒による紫の痣が浮き出ていた。


「失礼します」


 ノルンがバルトの身体を起こそうとする。

 歳をとって病を患っているとはいえ、男性の身体はやはり重い。


「ノルンちゃん。僕が起こすよ」

「ありがとうございます」


 するとすぐに気づいたアオイがバルトの身体を起こすのを変わってくれた。

 アオイがバルトの上半身を起こしたことを確認してから、ノルンは慎重に小瓶の液体を少しずつバルトに飲ませていく。


 その様子を部屋の皆が静かに見守る。

 不安げにしゃくり上げながら泣くリナをアトラスとポーラで慰めるようにして頭を撫でたり手を繋いでいる。

 そしてノルンが薬を飲ませ終わる。

 するとバルトが小さく呻き声をあげた。


「…ゔっ」

「…バルト様、大丈夫ですか」


 ノルンがそう問いかけていた最中だった。

 バルトの顔を見ていたノルンは驚いたように言葉を止める。

 そして、ノルンの隣にいたアオイもまた驚いたように目を丸くする。

 アトラス、ポーラ、リナの瞳にもそれは映ったことだろう。

 バルトの顔や首、腕にかけて浮き出ていた瘴気の痣がすうっと薄くなっていったのである。

 完全には消えていないものの、痣は確かに見る見るうちに薄くなっていった。


 そしてその光景の直後、ゆっくりとバルトの顔から力が抜け、バルトは静かに目を開けた。


「…………」


 まだ意識が朦朧としているようではあったが、数日ぶりにバルトが目を開けたことにノルンは安堵した。


「おじいちゃんっ」


 そんな祖父にリナが勢いよく飛びつく。


「………リナ、か。………すまん、心配をかけた」

「おじいちゃんっ…おじいぢゃん…っ…」


 バルトは皺だらけの太い節くれのような手で泣きじゃくるリナを抱いて頭を撫でた。

 その様子に思わずアオイ、アトラス、ポーラは笑みを零した。

 ノルンはほんの少しだけ、眉を下げている。

 そんな中、愛する孫を見つめていたバルトの視線がふとノルンに向けられる。


「…ノルン。お前さんのおかげなんだろう。よく覚えていないが…遠いところまで…こんな老いぼれのために薬を取りに行ってくれたんだろう」

「!…いえ、私は…」


 バルトの感謝にノルンが答えようとすると、ノルンが答える間もなく、バルトは口を開いた。


「ありがとう。…心から感謝する」


 しわがれた、そして掠れた声だった。

 ノルンは何かを言おうとして、バルトの表情をみるとはっとして、開きかけていた口を思わず噤んだ。

 それはとても穏やか表情だった。

 険しさが残る瞳には薄い膜が張っていた気がした。


「………はい。バルト様」


 それしか、言えなかった。

 ノルンがそう言えばバルトはより笑みを深める。

 ノルンの隣でアオイもまたバルトとノルンのやり取りを見て眉を下げて優しくノルンを見つめていた。

 ノルンは無言で揺れる瞳でバルトを見つめていた。


 誰かに、感謝された事などなかった。

 薬を届けた際に感謝の意を伝えられることはあってもそれは師であるフローリアにあてられたものだと理解していた。

 自分に向けて感謝の意をはっきりと伝えられたことなどなかった。

 だから戸惑う。

 どうしたらいいのか分からなくて。

 なんと返すのが正解なのか分からない。

 幼い頃から人と距離を置いて生活をしてきた少女は感謝されることなど知らない。

 そのためノルンは大きな戸惑いを抱えながら一人静かにいつまでもリナを愛おしそうに見つめてその涙を拭うバルトを見て思わず立ち尽くしてしまうのだった。

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