103.薬草使い
ゴーレムの許可を得て、ノルンは星蒼花を採取する。
一輪と言わず、必要な分だけ持って行っていい、とゴーレムは言った。
申し訳ないと思いながらもこの先、バルトのようにこの花を必要とする人がいるかもしれないと結局数輪採取させてもらった。
本来ならばゴーレムの研究所、神殿内に生息する未だ未知の植物をじっくりと観察したかった。
しかし、星蒼花を採取したその時、タイミングを見計らったようにそれは空から舞い降りてきた。
ノルンの上空を羽ばたく音がしたと思えば、それはノルンの上空を旋回してノルンの顔に影を落とした。
ノルンが上空を見上げるとそこには大きな翼を広げて舞い降りてくるホークスがいた。
「…ホークス」
その足には丸められた羊皮紙が掴まれている。
ノルンが手を出せば、その上にポトリと羊皮紙が落とされる。
ノルンが羊皮紙を受け取るとホークスはノルンの肩に着地した。
ノルンは少しの不安を覚えながらもくるくると羊皮紙を開いて目を通す。
そこにあったのはアオイからのもので、バルトの容態が芳しくないという報告だった。
「…………」
「どうした?」
怪訝そうな顔をするアトラスにノルンは端的に手紙の内容を述べた。
それを聞くとアトラスは眉を寄せた。
どうやらゆっくりとしている暇はないようだ。
急ぎバルトの家まで戻らなければならなくなった。
「…何カ問題デモ?」
「…はい。どうやら瘴気に当てられた方の容態が芳しくない様です」
「ソウデシタカ。ソレデハ急ギオ戻リ下サイ」
「…はい。本当にありがとうございました」
ノルンは再度改めて深くゆっくりとゴーレムに向かって頭を下げた。
「…イイエ。コチラコソ…アリガトウゴザイマシタ。貴方二オ会いイデキテ良カッタ」
ノルンは頭をあげてゴーレムを見つめる。
何故ゴーレムがそのような事を言うのかわからなかった。星蒼花を貰い受けたのはこちらの方なのに、と。
そして、自分と会えたことを感謝されることになど慣れていなかったノルンは戸惑う事しかでぎす、結局ゴーレムに何かを言うことは出来なかった。
美しい神殿を抜けて、来た道を戻る。
アオイには神殿で一筆書いた手紙をホークスに持たせて先に送っておいた。
アトラス、ブランと共に来た道を急ぎ足で帰る。
帰りは行きに通ってきた道を戻るだけだったので行きよりもスムーズに進むことが出来た。
そして、神殿を出て数日後アトラスとノルン、ブランは再びバルトの家に戻ることが出来た。
森の中に佇む家の戸を軽くノックすると、久しぶりのアオイが出迎えてくれた。アオイの足元にはポーラがいる。
「ノルンちゃん。それにアトラス、ブランも。おかえり」
「ノルン〜おかえり〜!アトラス〜ブラン〜」
「おう!」
「…ただ今戻りました。アオイさん。バルト様のご容態は」
ノルン達を見るなり嬉しそうに瞳を輝かせ足に擦り寄ってきたポーラの頭をノルンは一度撫でる。
ノルンの問いにアオイは眉を寄せて視線を外した。
「手紙を送った日からよくなる気配はなくて…。とりあえず、ノルンちゃんに看てほしいんだ」
「はい」
アオイに続いてバルトの家に足を踏み入れる。
中ではリラックス効果、安眠効果のあるノルンが調合したハーブの香が薄く焚かれていた。
アオイに案内され、バルトのベッドにたどり着けばベッドはリナが不安そうに涙目で横になるバルトに張り付いていた。
バルトの顔は白く、苦しげに歪められている。
呼吸も荒い。
「…ノルン、おじいちゃんが…おじいちゃんが…」
ノルンに気づいたリナがいつかの助けを求めるような瞳でノルンを見る。
「…はい。大丈夫です。すみませんが、少しバルト様のお身体を見させてください」
淡々とした声色で、リナの目線に高さを合わせたノルンがそう言えば、リナはこくりと頷いた。
「バルト様。ノルンです。遅くなり申し訳ありません。私の声は聞こえますでしょうか」
「…あぁ、ノルンか。…無事で良かった」
「…ご心配おかけしました。すみませんが、今の身体の様子を教えてください」
バルトの言葉にまた一瞬ノルンの中に戸惑いが生まれるも、すぐに状況を考えてノルンは自分の感情など後回しだと、小さな戸惑いに構うことなく話を進めた。
話の結果ノルンが此処を出た時よりバルトの症状は悪化していた。
バルトの症状を把握したノルンはすぐにトランクを漁り始めた。
机の上には小さな鍋と調薬器具、そして古びた本に1つのガラス瓶が置かれた。
ガラス瓶の中身に思わずアオイとポーラは目を見張る。
「うわぁ。きれい〜」
「…うん。本当だ。ノルンちゃん、これって…」
「はい。以前アオイさんと本で見た星蒼花です」
ノルンはぱらぱらと以前瘴気にに侵された身体に有効な薬について書かれていた古びた本を捲る。
そして、材料を読み込むと、再びトランクを漁り、幾つかの液体、材料が入った瓶を取り出す。
そして、そこからはもう誰も口を出すことはなかった。
真剣な表情で、かつ慣れた手つきで本を片手に、もう片方の手で的確に鍋に材料を入れて魔法薬を調合する様子は正に薬草使いだった。
そして、最後にガラス瓶のコルクの蓋を開けて星蒼花を取り出す。
そこから5枚ある花弁のうち2つを千切るとノルンはそれを鍋に入れた。
その途端ぷくぷく、ぽこぽこと鍋に気泡が生まれたと思えば今まで青色だった鍋の中の液体は透明に近い薄く水色に色付いた液体へとすぅっと変化していったのだった。




