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norn.  作者: 羽衣あかり
“粘土人形と少女”
101/199

100.記憶

 柔らかな風に撫でられながら、ゴーレムの後に続く。ノルンとしてはもっとゴーレムの研究室に留まって、散乱した本やノートに目を通したかったのだが、今は静かに前を歩くゴーレムについて行くことにした。


 ゴーレムは時折何も無いところを見つめては、立ち止まって静かにそちらを見つめていた。


 そして今も。

 ゴーレムは回廊から横にそれた開けた広場のような場所を見つめては足を止めた。

 ノルンは思う。


 今、このゴーレムの瞳には何が映っているのだろうか、と。

 恐らくはかつてのこの神殿を思い出しているのだろう。それは思い出の場所なのか、はたまた誰かとの記憶なのか。


「おい、大丈夫か?」

「…ハイ。…コチラデス」


 アトラスが立ち止まったゴーレムを心配して声をかける。

 ゴーレムはアトラスの声に反応して広場から視線を外し、また回廊を歩く。

 ゴーレムとアトラスが進む後ろで、ノルンはふと足を止めてゴーレムが立ち止まっていた場所に立ち止まる。

 広場には他の場所と同じように柔らかな草が生い茂って、その中央には石でできたアーチ状の広場があって、その光景はどこかで見たことがあるような不思議な景色だった。


 アトラスに名を呼ばれ、ノルンもまた足を進める。

 ノルンがアトラスとゴーレムの元へと着いた時には二人は大きな扉の前で立ち止まっていた。


「コノ先デス」


 ゴーレムはノルンが追いついたことを確認すると、金属の均一の太さの指を扉にかける。

 そして、ゆっくりとそれは軋む音を立てながら開いた。


「………っ……」

「…これは…」


 ぶわっと風が吹いてノルンとアトラスは目を細めた。

 風がやんだ頃にそっとまぶたを開いた二人が目にしたのは、神殿の広い中庭に隙間なく揺れる星蒼花だった。


 柔らかい風に花が踊る。

 幻聴かはたまた現実か。

 その美しい花は歌うようにキラキラと音を立てる。

 まるで、それは星の海だった。


 余りの美しい光景にノルンは言葉を失う。

 幻とされる幻想花__星蒼花。

 それが、今ノルンの目の前に海のごとく、空の如く…どこまでも広がっていた。

 その美しき海に言葉を失うノルンとアトラスの横で、ゴーレムが小さく「…アア」と嘆きに近い声を漏らした。


「…私ガ眠リニツイテイル間ニ…ココマデ…コレ程迄ニナッタノカ…」


 ノルンの脇に立つゴーレムから淡々とした機械のような声が聞こえる。

 それが、まるで震えているように聞こえてノルンはゴーレムを見上げる。


 ゴーレムはゆっくりと星蒼花の前に膝まづく。

 そして、一輪の星蒼花を先程のように触れるか触れないかの距離で撫でると、顔を上げて一面を見渡した。

 青と白の花弁が揺れてまるで波打っているようだ。


「…すげぇな。これ全部お前が育てたのか…?」


 アトラスの毛並みも風に撫でられる。

 アトラスの感嘆の声にゴーレムは立ち上がる。

 そして、金属でできた頭部を左右に振った。


「…イエ。私ガ咲カセルコトガデキタ星蒼花ハタッタノ5輪程デス」

「…ではこの星蒼花は…」

「…私ガ眠リニ着イタ後ニ…咲キ誇ッタノデショウ」


 ノルンはゴーレムを見つめた後、再び目の前の星蒼花を見つめる。

 本当に美しい景色だった。

 アオイとポーラにも見せたかったとノルンは思う。


 するとノルンの頭上からぽつりとゴーレムの声が落ちてきた。


「…アア。今ハコンナニモ…コンナニモ…咲イテイルノニ」

「…………」


 ノルンは顔を上げる。

 ゴーレムの横顔を見つめる。


「…フレイヤ様ハ言イマシタ。世界ガ悪ニ覆ワレル前ニ星蒼花ヲ咲カセロ、ト。コノ星蒼花ガアレバ大陸ノ多クノ人間ヲ救ウト」


 ノルンとアトラスは黙ったままだ。

 ゴーレムは誰に話しているのだろうか。

 それはまるでノルンとアトラスに向けたものと言うよりかは、ゴーレムがフレイヤとの記憶を辿ってフレイヤと対話をしているようだった。


「ケレド…私ハ、フレイヤ様ノ願イヲ…命令ヲ果タセナカッタ。…星蒼花ガ咲ク前ニ…フレイヤ様ハ…ゴ自身ノ全テデ…世界ヲ脅カス脅威ヲ封印サレタ」


 ゴーレムは思う。

 もう少し早くに、星蒼花を咲かせることが出来たのならば、フレイヤの命の灯火は消えなかったのではないかと。

 大陸中の多くの人間の命を救うことが出来たのではないかと。

 けれど間に合わなかった。

 全ては遅かったのだ。

 ブリキの瞳では涙など流れない。

 金属の顔であるにもかかわらず、瞳の下から顎にかけて灰色の汚れの線がついているのはきっと雨の汚れのせいだ。


「私ハ…何モ…役ニ立テナカッタ。アノ方ノオ役ニ…」


 抑揚のない声が風に攫われる。

 そんなゴーレムの耳に届いたのは自分と同じく抑揚のない淡々とした声だった。


「…そんなことはないと思います。貴方のお陰で救われる人がいます」


 でもその声は機械のように冷たくはなかった。

 綺麗な精霊のようなソプラノの美しいしらべだった。

 ゴーレムはノルンに瞳を向ける。

 目の前の美しい少女は再び口を開く。


「…私は…星蒼花を求めてこにやってきたのです。どうか星蒼花を少し譲って頂けませんか。瘴気に侵され病にかかった方を助けたいのです」


 美しいグランディディエライトの宝石に射止められる。眉を寄せて、切に願う少女はあの人には似ていない。けれどただ、唯一、1000年の時代を経ても尚変わることの無いその瞳にゴーレムはどうしようも無いほどの懐かしさを感じてしまったのだった。


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