07 反撃
「”バンプ・ステップ”」
短く呟いたレイヤの言葉に連動するように、足回りで闘気が弾けレイヤの身体が弾ける様に前方に飛び出す。レベルアップで解禁されたスキルにより、敵への急接近と次の打撃威力向上の一時バフが乗った状態で未だに暴れ消耗した気配の無い巨熊に肉薄し、勢いのまま赤色の闘気をさらに燃え上がらせて拳を握りしめる。
「さっきのお返しだ。”バレット・フィスト”!」
ズドン!という重々しい音が響くとレイヤの拳が弾丸のように放たれ、ヒットした瞬間ブラッディグリズリーの巨体がよろめく。しかしそれも一瞬で重機の様な強靭な足腰で踏み留まり、ギロリと血走った瞳をレイヤへ向ける。
「かってぇな!岩でも殴ってる感じだ!!」
そう言いつつもレイヤは怖気つくどころかむしろ好戦的な笑みを浮かべ、半狂乱で涎を垂らしながら無造作に振り下ろされるブラッディグリズリーの凶爪を”チャージステップ”を発動させて回避。叩きつけられ場所の地面が割れる威力の振り下ろしを間一髪で交わしたレイヤの横をかすめる様に、タルコズが投擲した手斧がレイヤと入れ違う様に空を裂き、ブラッディグリズリーの掌を切りつける。
「あっぶねえ!耳元でブンとか言ったんだけど!?」
「安心しろ。味方に当てるへまなどしない」
抗議の声を上げつつ再度肉薄するレイヤに合わせる様にタルコズも今度は手にした大振りのナイフを手にし、レイヤとは反対方向に回り込んで挟み込むように接近する。
「文句を言ってる暇があるなら手を動かしなさいよ!」
「さっき死にかけた相手に容赦ないな!」
メアリーの指示に文句を言いながらもすでに攻撃態勢に入っていたレイヤは”チャージステップ”による威力が向上された腰を低くした回し蹴りを、ブラッディグリズリーが振り下ろした状態からタルコズの手斧による攻撃で硬直している短い隙を利用して、”アームズブレイク”を発動して凶爪に叩き込む。レイヤの爪先が正確にヒットするが、小さな罅が入るのが見えた程度で大きなダメージを与えた様子はない。
「くそが!体が岩なら爪は鉄かよ!とことん打撃と相性悪いな!!」
距離を取りながら悪態を付くレイヤと入れ替わる際に、メアリーの射撃がレイヤがダメージを与えた場所へ的確に命中する。それを見たレイヤは振り返らずに近くに落ちていた手ごろな石を掴むと”グラスプ&スロウ”のアビリティにより威力が底上げされた投擲を放つ。勢いよく人間スリングショットで放たれた石球はブラッディグリズリーの凶暴な眼光を放つ顔面へ命中する。思わず仰け反るが本能がそれを覆し点を仰いだ体勢で留まるブラッディグリズリー。その隙を逃さずにタルコズが手斧を回収しつつ、ナイフを脇腹へと突き刺し離脱する。苦悶の声を漏らすブラッディグリズリーは翻弄されて動きが鈍くなっており、タルコズはレイヤと視線を合わせると小さく頷く。「やれ」という無言の意図を汲んだレイヤは己のスキルのクールタイムを一瞬だけ確認して肉薄する。その最中でもメアリーの援護射撃が続き、ブラッディグリズリーの顔面へ射撃を続けることで注意を上へ逸らす。そうして懐に潜り込んだレイヤは突き刺さったままのナイフの柄へ狙いを定め、構えを取るとすぐさま掌底を放つ。ズブリと肉が裂けて押しのけられる音が聞こえ、今日一段と強い咆哮が頭上から響く。
「ぐぎゃおおおおおおお!!?」
「おわっ!あっぶねえな!!」
振り回される周囲の大木と違わぬ太さの剛腕を振り回しを体を捻りながら紙一重で避ける。避けた先で大岩が簡単に破砕される光景を見て背中に冷たい感覚が走る。
「ミンチどころじゃねえな」
「止まってると本当に肉塊になるわよ!!」
戦慄するレイヤを叱咤するメアリーは絶えず位置を変えて矢を放つ。
タルコズも黙々と攻撃と回避を続けており、戦士の眼差しをした表情には汗一つ掻いていなかった。
「ったく、芽久さんみたいにスパルタなこって。ゲームとは言え臨場感はリアルと変わんねえってのに」
ぼやくレイヤだったが、ふと視界の端で何かが動くのが見えた。
「ん?、んん!?」
無残に引き裂かれ圧し折れた草木の陰に身を潜め、この場から去ろうとしていた人影が3人。
荒れ狂うブラッディグリズリーの存在感の強さに忘れかけていたが、この場に駆けつけたのは悲鳴を聞きつけたためという事を思い出すが、それ以上にレイヤが二度見せずにいられなかったのはその三人の格好であった。
黄色い頭を守るために流線形のフォルムをした防護ヘルム、灰色を基調とした丈夫な繊維で編み込まれたと思しきポケットが多くついて工具をぶら下げた、現実の世界から迷い込んだような現場作業員の姿を捉えてしまったのだ。
(え、誰アレ?NPC?にしてはリアルすぎるっていうか、世界観ぶち壊してるレベルなんですけど!?マジで誰アレ!プレイヤーなの!?そういう防具なの!?ってか何で工事現場の作業員!?)
「レイヤ!そっち行ったわよ!」
「っ、やべ!!」
メアリーの警告の声にハッと我に返り、慌ててその場から前に飛び込むように前転回避を行う。同時にすれ違う様に削岩機の如く巨大な掌が地面を抉り取る。
「あぶねえあぶねえ。とりあえず今は戦闘に集中だ」
追撃が来ないことを確認した後、呼吸を落ち着け反撃の準備を整える。スキルの残りクールタイムを確認し、戦術を組み立てる。
「序盤からハードモードってのは散々先輩方に鍛えられてきたんだ。せめてその爪だけでも砕いてやる!!」
スキルのクールダウンが完了した瞬間、一気に駆け出してメアリーへ声を掛ける。
「メアリー!あいつの注意を顔面付近に集中させてくれ!」
「どうするつもり!?」
既に矢を番え狙いを付けつつもレイヤの狙いを問いただすメアリーへ、レイヤは不敵な笑みを浮かべる。
「自慢の牙、いや爪を折ってやるだけだ!」
そう言いつつ、”バンプ・ステップ”を発動。それと同時に進路上に落ちていたタルコズの手斧を拾い上げる。
「これ借りるぞ!」
レイヤの声にタルコズは無言で「好きに使え」と言いたげに自分の行動を起こしていく。
内心、バイト先のある先輩の姿を思い出しながらしっかりを手斧の柄を握りしめたレイヤは、ブラッディグリズリーの足元へ急接近する。懐に肉薄してきたレイヤを迎撃しようとしたブラッディグリズリーの頭部へメアリーの鋭い矢が遅いかかかる。一瞬見えた鏃には狼のオーラが見えた。
「リュコス・エクプリクシ。狼の牙、食らいなさい」
鏃に表れた狼の頭部に顔面を噛みつかれたブラッディグリズリーはそれを振り払おうと藻掻き始める。
訪れた好機をさらに生かすためにレイヤは手にした斧を闘気が纏わりついた手で握りしめ、一点を見極める。先程から繰り返し下半身を集中的にタルコズが攻撃を続けてくれたおかげで鎖帷子の様な毛皮にも、綻びが見え始め避けた皮膚が露出していた。その中でも足先付近にある大きめの傷口を狙って渾身の一振りで握りしめた手斧を叩きつける。
「グオオオオオオオオオオガアアアアッガアアアアアアアオオオオオ!?」
顔面へ意識が集中していたブラッディグリズリーから足先からくる鋭い痛みに大きな苦痛の声が洪水のように漏れだす。
痛みで上手く踏ん張れないのかその巨体はゆっくりと確実に傾き、大きな地響きを立てて地面に叩きつけられる。それでも丸太の様な腕を振り回すため、迂闊に近づけば人の首は簡単に圧し折れるであろう腕力に巻きまれないためにタルコズが慌てて距離を取る。
しかし、レイヤは反対に一気に肉薄する。
それを見たメアリーが悲鳴混じりの声を上げる。
「アンタ何やってんの!?死にたいの!?」
「死ぬ?いいや、死なないね!」
凶暴な笑みを浮かべて突進するレイヤの姿が見えたのか、ブラッディグリズリーの身体は一瞬硬直する。それは強者として餌となる弱者を食らい続けていたブラッディグリズリーにとって経験したことのない、無知によるものか。レイヤはそんな相手の隙を逃さず”チャージステップ”でさらに肉薄し、先程日々割れた凶爪に狙いを定める。
「有・言・実・行!」
ガツゥァン!と硬質な物に叩きつけた音が響き渡ると同時にブラッディグリズリーの爪がバッキリと折れ、破片が弾け飛ぶ。メアリーとタルコズが目を見開く中、レイヤは止まらなかった。
「その爪、頂き!!」
打撃の構えを解いた瞬間、弾け飛んだ破片を掴んだかと思うとブラッディグリズリーの顔面へ向きなおる。先程メアリーが狙撃した位置から血が流れ出る傷跡へ向け、掴んだ爪の破片を思いっきり”グラスプ&スロウ”のスキルを発動させて突き刺すように叩きつけたのだった。
ズブリ、と肉を切り裂いて深く刺さる音が響くと、噴水のように赤黒い血が吹き出す。
怒りに輝いていた瞳はぐるりと白目を剥いて今度こそ地面に血染めのヒグマは倒れ伏したのであった。
月明りに満ち静寂を取り戻した森の中、返り血を拭うレイヤが小さく呟く。
「悪いな。死ぬか生きるかは片方だけって爺ちゃんから習ってんだ」