05 暗夜
本日二回目となる驚きにエルフ達が硬直する中、頭部から血を垂れ流すレイヤが愚痴を零す。
「ぐあ~痛ぇ~!!まさか初プレイ早々に死にかけるとは。装備のアビリティなかったら完璧乙ってたじゃねえか畜生!」
「あ、あんた生きてたの!?」
目の前の光景が信じられないといった様子で女性が悲鳴混じりの声を上げる。
少女達も先程とは別の恐怖に震えている。
「あん?生きてるも何もその通りだっての。現にあいつをぶん殴ったじゃねえか」
下顎からの捻りを込めたアッパーをまともに喰らい錐揉み回転で吹っ飛んだリーダーを指し示すレイヤ。
「だ、だって頭に銃弾を受けたじゃない!」
「ん?ああ、多分これのお陰で助かった」
そう言って見せたのは、レンズが罅割れたゴーグルである。
先程のリーダーの銃撃の際、銃弾が直撃したレイヤのHPはヘッドショット判定を含めたクリティカルヒットにより一撃で0になったのだが、ここで《放浪者》装備を一式装備していたことにより備わっていた固有アビリティ《放浪者の恩恵》が発動。
本来なら致命傷に至るダメージだったが、システム的には体力が1で残る処理がなされ、ギリギリのところで踏み留まり、その代わり頭部装備の破損といった形となった。
なので傍から見たら頭部に銃弾を受けるも身に着けていたゴーグルによって運良く銃弾が頭部を逸れた、といった演出になる。
しかし、【EX】のダメージ処理において総体力の半分を超えるダメージを受けた場合、気絶判定の処理が行われ減少体力毎に失敗判定になりやすくなり、判定失敗したレイヤは一時的な気絶状態に陥っていたのである。
(ま、NPCっぽいこいつらにシステムを話すなんて白けた真似は無いわな)
そんなことを思いながらもダメージはともかく【EX】は受けた衝撃等は現実的なため、未だクラクラする頭を押さえながら仰向けに倒れこむ。
結果的に掠めた形になったとはいえ頭部に傷を受けて血を大分流したためか、真っ赤な状態のステータス表記に”貧血”の状態アイコンが点滅していた。
あらゆる行動に常時マイナス判定処理が付与されるバッドステータスを忌々し気に睨むレイヤに女性が声を掛ける。
「ね、ねえ。口を開けて?」
「あ?がも!?」
反射的に反応し口を開いた瞬間、瓶のような何かを突っ込まれる。
「もが、ごががごぼっ!?(ちょ、力強っ!?)」
「ちょっと暴れないでよ!私もケガしてるんだから!!」
痛みに顔を顰めながらも緑色の液体に満たされたガラス瓶とレイヤの口を固定する女性。
女性の細い腕からは想像の付かない強い力によって、がっしりと抑えられ中身の液体は見る見る内にレイヤの体内へ入っていく。
やがて瓶の中身が空になり、ようやくレイヤは解放され盛大に噎せ返る。
「うぇっほげっほ!行き成り何しやがる!!」
「回復ポーションよ。少しは回復したでしょ?」
レイヤに飲ませた物とは別の瓶を取り出す女性の言葉に、レイヤはステータス画面のHPが半分近くまで回復していることに気付く。
先程まで動かすのも気怠かった身体も幾らかスムーズに動くようになり、出血の方も止まっている。
女性の傷口も瓶の中身が無くなると同時に出血が治まっているようだった。
「うお!マジだ治ってる!」
「いちいち煩い男ね。……よい、しょっと」
薬を飲み干した女性は徐に立ち上がるとレイヤが落とした鍵束を拾い上げ、少女達の首輪を外しにかかる。
それを横目に見ながらレイヤは周囲に取っ散らかって気絶している盗賊連中を見やる。
顎に手を当てて少し考えた後、馬車の中を漁り余っている手錠(そして売上金と思しき通貨)を発見すると、盗賊達の武器を取り上げると同時にに次々と嵌めていった。
レイヤの作業が終了すると同時にエルフ達の解錠も終わったら少女達が一斉に泣き出した。
「「「うわぁああん!!」」」
「よ~しよし、怖い思いさせてごめんなさいね」
泣きじゃくる少女達を宥めながら抱きしめる女性に、盗賊達を一か所にロープで縛り上げたレイヤが近づく。
「えーと、一件落着……でいいのか?」
「っ!」
「ぉーっとゴメンナサイ」
キッと突き刺さる様な視線を向けられたレイヤは思わずバツが悪そうに目を背ける。
その様子に女性はハッとなり慌てて謝罪する。
「あっ、ごめんなさい!つい」
「いや、仕方ねえって。そりゃあ、あんなことされかけたら未遂でも男性不信になるわな」
チラリと視線を盗賊のリーダーへ向ける。
当の本人はノリノリでおっぱじめようとしていたため、気絶していたレイヤの復活と”チャージステップ”による急接近に全く気付いて無かったようで、不運にも”貧血”状態のマイナス判定が空振りになったレイヤの渾身のアッパーにより、顎の骨は罅を通り越して砕けているかもしれない。それでも体力が尽きて死んでいないところを見るに悪運は強いようだが。
そして拘束された後はレイヤによる頭を撃ち抜いた腹いせとして、シャツに泥で股間へ矢印を伸ばした豆鉄砲と悪戯書きが施されている。
その光景を見た女性は暫しの空白の後、小さく噴き出した。
「っ、く、あははははは!!」
一頻り笑った後、目尻に涙を浮かべた涙を袖で拭うと彼女はレイヤへ手を差し出す。
「助けてくれてありがとう。私はメアリー。メアリー・アウロラよ」
「おう。レイヤだ。よろしく」
二人はしっかりとした握手を交わす。
気付けばすっかり日も落ちて月明りが辺りを照らしていた。
その時、月光を彼女の髪が反射した瞬間、エルフの耳が獣じみた物に見えた。
(ん?今なんか?)
目を拭いもう一度確認するが、やはり元のエルフ耳のままである。
「気のせいか?」
「どうしたの?」
「いや、何も?」
「あっそう。さてと早くこの子達を里に返さないと。親達も心配してるわ」
「里?エルフ族の?」
首を傾げて問いかけるレイヤにメアリーは頷きながら森の奥を指し示す。
「この星霜森林の集落よ。多分さっきのジルの悲鳴で警邏隊が駆け付けて来る筈。こいつらも捕縛したことだしついでに回収してもらいましょう。貴方も傷を負ったのだから休むといいわ。皆には私から説明しておくから」
そう言われてレイヤはとあることに気付く。
「そういやまだセーブしてなかった!あぶねえあぶねえ。カッコつけて登場してザコ敵にヘッショ貰ってショボ死とか洒落にならんぞ」
急に冷や汗を流すレイヤを怪訝な表情で見るメアリーだったが、彼女の脳裏にレイヤが発した言葉が引っかかる。
(待って、今セーブって言った?ということは)
「ねえ貴方、ちょっといいかしら?」
「ん?また薬か何かか?」
「顔をこっちに近づけて」
「え?」
虚を突かれた発言にレイヤはキョトンとした表情になる。
「いいから!」
「いだだだ!!」
むんずと有無を言わさぬ勢いと微動だに出来ないほどの力で頭を押さえられ、レイヤは苦悶の声を漏らす。
がっしりと固定したレイヤの顔を覗き込むように見るメアリー。
すると頭の両側から万力のように抑え付ける彼女の両手を外そうと藻掻くレイヤの瞳に、小さな紋章が浮かんでいることに気付く。
(やっぱり。この男)
「あ、あのメアリーさん?」
「何よ?」
「と、とりあえず痛いんで放してくれませんかね?ちょっとダメージ入ってるしあと距離が近いのでは」
涙目になりつつ痛みから解放されるために敬語になるレイヤの言葉でメアリーはハッと気付く。
瞳を覗き込めるということはつまり、互いの顔に吐息が掛かるほどの近さだということに。
そしてそんな二人の様子を三人の幼女が赤面して見ていることに。
メアリーは思わず顔を赤らめて慌てて解放する。
「ご、ごめんなさい!ちょっと、確かめたいことがあって」
「うぐぅおおおぉぉぉおおおぁ……」
謝罪するメアリーだったが、当のレイヤは締め付けられた痛みが頭蓋骨に響いているため呻きながら地面に蹲る。
その様子にスンっと真顔になるメアリーだったが、夜風に擦れる木々の音に紛れ、別の音が近づいてくることに気付いた。
その方向を見ると深緑の外套を纏った男達が木々を伝いながら迫っているのが見えた。
幼女達もそれに気付き、笑顔を浮かべた。
先陣を切る一人がメアリーの前に着地すると、目深に被ったフードを外し精悍な顔付きを露にする。
「ジル!無事か!?」
「タルコズ!」
「メアリーか!それにクリスとダイアも一緒だな」
「ええ三人共無事よ」
安堵の表情を浮かべるタルコズと呼ばれたエルフの男が辺りを見渡すと、縛り上げられた盗賊達の姿を発見する。
「この盗賊達、最近森林で活動している一味か?」
「恐らくそうね。頻発してる人攫いと遺跡の盗掘も恐らくこいつらの仕業よ」
「成程。つい先程別の場所でも違う集団を捕らえたばかりだ。そいつらは居合わせた星騎士団が身柄を引き取ったが」
「星騎士団?なんであいつらが?」
「聖王国に出立する一団が偶々通りかかったらしい。ところでその男は?」
タルコズが地面に横たわり呻いているレイヤを指差した。
少しだけバツが悪そうにするメアリーだったが、気を取り直して彼らに説明をする。
「あー、彼は私達を助けてくれたのよ」
「そうなのか?その割には頭を押さえて苦しそうにしているが……怪我をしているのか?」
「そこのゴリラ女に追い打ちをくらムガゴ!」
「ちょっと頭を銃弾が掠めちゃって、幸い装備で助かったんだけどまだ痛みが引いていないみたいアハハハ」
恨みがましく開こうとしたレイヤの口をにこやかな表情のまま封じるメアリー。
幼女達もタルコズにレイヤが自分達を助けてくれた恩人だという事を伝える。
その様子を見て殺気立っていた他のエルフの男達は手にした得物を下げる。
タルコズは暫し思案した後、独りでに頷き男達に指示を飛ばす。
「盗賊達を里に連行するぞ。こいつらのアジトを割り出す」
男達は素早く動き出し盗賊達の身柄を確保すると数人が何やら魔法陣のようなものを書き始めた。
そして陣を囲むように並び立つと呪文のようなものを唱える。
「「「「偉大なる大地の獣よ。マナの導きに従い我らの前にいでよ」」」」
詠唱が終わると同時に魔法陣が発光し、2頭の白馬が現れる。
一見するとレイヤが知っている普通の馬だと思ったが、月明りのような淡い光を放っており頭部には雄々しい一本の角が生えていた。
一方で別のグループが破損した馬車の修理を行っており、見る見るうちに走行が可能なレベルにまで修復されていた。
一連の様子にレイヤは感嘆の声を上げる。
「おお、すげえな色々」
改めて非常にリアルな光景と錯覚できるほどのゲームのクオリティに、感心しているレイヤにタルコズが近寄る。
「さて、旅人よ。君には同胞を代表をして礼を言わねばなるまいな」
「ん?あー、別に俺はそう畏まられる程のことはしてないって。出来ればアイテムとお金を恵んでくれればそれで」
「案外図々しいわね貴方」
キリっとした表情で返答するレイヤに呆れた視線を送るメアリーだったが、不意に別の方向に視線を向ける。
険しい顔つきで森の奥を睨み付けるメアリーの様子にレイヤが怪訝な表情を浮かべるが、準備を終えたエルフ達が撤収を始める。
一角獣が引く馬車に乗車したタルコズもレイヤとメアリーに声を掛ける。
「メアリー、旅人!出発するからこちらに乗ってくれ。もう夜も更けてきた、夜行性の魔物達が行動を始める前に急い里に戻るぞ」
「ええそうね。早くここした方が良さそうだわ。さ、貴方も早く」
「お、おう。わかった」
二人に促されレイヤが馬車に乗るとそれを合図に馬車を含めた小隊が移動を始める。
ガタガタと揺れる荷馬車の上でレイヤは、周囲にキョロキョロと視線を投げる。
満月が天上に上り、月明りが木漏れ日のように差し込む以外にはほとんど明かりが無い暗闇に包まれた深夜の森は彼らが移動する音以外聞こえてこないほど静まり返っている。
昼間にはあちこちにいたモンスターも今はすっかり見えなくなっている。
「随分静かだな」
「星霜森林は昼行性のモンスターに比べて夜行性のモンスターが少ないの。けれどその分、夜行性のモンスターは凶暴で手を付けられないものばっかりだわ」
レイヤの呟きに反対側に座ったメアリーが説明をする。
それにタルコズが続いた。
「おまけに縄張り意識が強くてな。故意にしろ不本意にしろ、奴らの縄張りに足を踏み入れた瞬間問答無用で襲われるんだ。幸い縄張り外に出ることは滅多にないから立ち入らなければ遭遇したりはしない」
「成程ね。道理でさっきからグネグネ曲がったりして移動してるわけだ」
右へ左へ一定方向を目指しながらも進路を変える一角獣を見遣る。
頻りに鼻を利かせ周囲の状況を探っているが、落ち着いた様子で進んでいる。
兵士達も一角獣の進路に気を配りながら警戒を続けている。
「ええ。それ程までに彼らは危険であると同時に外敵を排除する役割を持つの。彼らはこの森の防人のような存在なのよ。人間達を始め、他種族もこのことは知っているのだけど……」
「だけど?」
「ここ最近、こいつらのような盗賊共が森林の周囲で活動を続けていてな。今日にいたっては森林の中にまで入ってきた。モンスター達も奴らの気配に反応してか妙に気が立っていてな。我々も迂闊に森を歩くことが難しくなってきているんだ」
「へー」
深刻な表情で状況を伝えるメアリーとタルコズの話に相槌を打ちながら、レイヤは昼間に遭遇したアックスビークやゴブリン達のことを思い出した。
(そういやあいつらも俺を見つけたら襲い掛かってきた感じだったな。てっきり普通の遭遇戦と思ったけど、よくよく考えたらメアリー達のところに向かう途中であったスライムとかアルミラージは、俺を見つけるとしつこく追っかけてこようとしてたような)
「そういうわけだから余所者に対しては余計に過敏になっているのよ。特に里の老人達は森の怒りとか言ってパニックになる始末だし」
「けどお前らも十分強いんだろ?あいつらみたいな連中だったらすぐ対処できると思うんだが」
2頭目の一角獣に引かれる荷馬車に載せられている盗賊達を顎で指したレイヤの問いに、タルコズが答える。
「通常の盗賊連中ならな。だがお前も見たと思うが、一端の盗賊にしては妙に装備が揃っているのがちらほら増え始めていてな。先程俺達が別の場所で捕らえた連中も銃と言った武器や召喚用の魔石を所持していたんだ」
「魔石ですって?」
タルコズの言葉を聞いた途端、急にメアリーが剣呑な目付きになる。
しかし彼女が次の言葉を発する前に深夜の森に獣の咆哮が木霊するのであった。