04 邂逅
途中の大きな岩や倒木などの障害物も難なく交わし、角の生えたウサギや粘液の動く塊などのモンスターとの遭遇を避ける。
そうこうする内に太陽も傾き始め、周りの木々の幹も大きく光を遮る枝葉も増えて段々と周囲が薄暗くなり始めたころ、音の発生源と思しき場所に辿り着いた。
何かに圧し折られたらしい倒木が彼方此方に倒れており、突き刺さった矢や折れた剣など戦闘の形跡が見て取れる。
開けた場所の中央には数人の男達が一人の女性とその後ろに隠れている3人の少女を取り囲んでおり、何やら剣呑な雰囲気が漂っている。
気付かれないようにレイヤは倒木と茂みの陰に隠れて様子を伺うことにした。
取り囲む男達は如何にも山賊風の出で立ちをしたガラの悪い文字通りの悪漢である。
対する女性と少女達は一目見ただけでも美人と評せる目鼻立ちが整っている。
一見人間かと思ったが四人とも木々の間から差す斜陽の光を反射する金色の髪の間から先の尖った耳が見える。
「あれは、エルフか……!」
女性の方は狩人風の衣服を身に纏っており、弓と矢筒を背負いダガーを構えて周囲の男達を牽制している。
三人の少女は民族の文様らしき刺繍が施された白布のワンピースを着ており、目に涙を湛え怯えた表情を浮かべている。
よく見ると周囲の男の何人かは泡を吹いて倒れており、立っている者の中には耳を抑えて呻いている様子の物もいる。
対するエルフの方は女性は所々切り傷が見え、少女達は首輪が付けられており。ワンピースが薄汚れて破けている。
レイヤが聞き耳を立て、男達のやり取りを確認する。
「くっそこのガキ、なんつー爆音出しやがる」
「エルフは生まれつき魔法持ちが多いってのは常識だろ兄弟」
「まだ耳鳴りが治まらねえ、クソ!」
「こいつらを捕まえたら大金が手に入るってのに手古摺らせやがって」
「けどこいつ強いぞ!」
(どうやらこいつら人攫いを生業にしてる連中か)
男達の会話を盗み聞きした情報を頭の中で整理するレイヤ。
ふと視線を外すと壊れた馬車があり、その荷台には鉄の檻が載せられていた。
(んで攫ったエルフを助けにエルフの仲間が駆けつけて戦闘、って流れか。にしてもさっきの悲鳴はあの女の子が?)
視線を戻すと少女の内一人の喉が光り輝く紋章が浮かび上がっており、頻りに噎せ返っている。
他の二人の少女にも形が違う紋章が浮かんでいる。
そんな中、膠着状態に痺れを切らしたらしき盗賊の一人が荒げた声を上げる。
「えーいもう面倒くせぇ!おい野郎共!さっさとこいつらをとっ捕まえるぞ!ガキどもはどうせ拘束具で魔法はもう発動できやしねえ!女は多少傷付けたところで価値は落ちやしねえんだ!!」
「「おう!」」
「け、けどよ。お頭の到着待った方がいいんじゃないか?」
「兄弟のいう通りだぜ!この女の強さは半端じゃねえぞ!」
リーダーらしき男の号令に二人の盗賊が異を唱えるが、周りの仲間はそれを無視して各々の得物を構えてエルフに襲い掛かる。
「ヒャッハアア!!エルフは俺が貰ったぁっ!!」
(あ、あいつ死んだな)
「俺が貰ったぁ!」
「いやいや俺が初物貰ってやんよ!!」
我先にと吶喊する盗賊達。
しかし、エルフの女性は物怖じせずに毅然として少女達を庇う様に立ち塞がる。
「誰があんたらなんかに……」
怒りを滲ませた震えた声が女性の口から漏れると同時に、手にしたダガーが地面に突き刺さる。
一瞬ダガーの切っ先が光ると、女性の前方の地面が大きく振動する。
「やるもんですか!!」
「ぐべえ!」
「ぎゃぶ!」
「ごべら!!」
女性の怒号と共に隆起した地面が壁となり槍となり、襲い掛かろうと勢いの付いていた盗賊達の行く手を阻み次々と衝突していく。
勝手に自爆していく光景にレイヤは心の中で喝采を上げる。
(おお~やるねえ、ってちょい待ち。あのエルフ、狩人じゃねえの?魔法も扱えるんか)
リーダーと反対した二人組を残して盗賊達が崩れ落ちる中、女性の方もダガーを突き立てた体勢のまま、憤怒の中に疲労感を滲ませた表情を浮かべる。
「く、そ……魔力が、尽きかけてる……!」
「メアリーお姉ちゃん!」
「お姉ちゃん……!」
「あんな奴等に負けないで!」
「く、くく!ぐははは!!どうやらもう打つ手無いらしいな!!」
勝ちを確信したリーダーが高らかに下卑た笑い声をあげる。
二人組はその様子に同じく勝ったと思いながらも困惑の色が強い様子を見せる。
「お、おい兄弟どう思う?」
「確かにあのエルフは限界だと思うけどよ……兄弟も見てただろ?」
「ああ……」
そう言って二人組の視線は大破した馬車の檻を見る。
本来なら堅牢な筈の鉄柵は、ぐにゃりと不細工な粘土細工のようにひん曲がっていた。
「あんなことができる奴だぞ?そう簡単にいくと思うか兄弟?」
「だな……いくら魔力切れでも下手したら」
尻込みする二人組だったが、そんな様子を見かねてリーダーが怒声を飛ばす。
「おい新入り!!てめぇら何ぼさっとしてんだ!!さっさと予備の手錠と首輪をこいつらに付けやがれ!!」
「「へ、へい!!」」
リーダーの命令に二人組はすくみ上りながらも馬車の荷物入れから鎖の付いた拘束具を取り出し、それをみた少女たちは青ざめた表情に変わる。
ニタニタとした笑みを浮かべるリーダーに対し、殺気を迸らせながら鋭い目つきで睨むエルフの女性。
二人組は女性の威嚇におっかなびっくりといった様子で近づいていく。
やがて両者の距離が近づき、少女達も恐怖に震え女性の目にも悔しさの涙が浮かぶ。
ヒュヒュン!!
「ゴッ!!」
「アガッ!!」
「っ!?」
「な、何だ!?」
突然、後方から野球ボール大の石ころが風切り音を発し二人組の後頭部にクリーンヒットする。
不意打ちを食らった二人組は一瞬で意識を失いそのまま前のめりに地面に倒れ伏す。
驚いたリーダーは石の飛んできた方向に体を向けた瞬間
「へ?」
男の視界一杯に薄汚れた何かが広がっていた。
「どっせい!!」
「ごべらば!!」
その何かが誰かの靴底だと認識する間も無いまま、リーダーの男は派手に吹っ飛ばされる。
「っと。華麗に着地!」
「あ、あんたは?」
女性は今しがた盗賊に両足を揃えたドロップキック(事前に”チャージステップ”を発動済み)をお見舞いした闖入者に困惑の声を上げる。
着地を決め、ブーツに付いた土埃やリーダーの返り血を払う闖入者--レイヤは女性の質問に答える。
「俺はレイヤ。偶々さっきの悲鳴を聞いて駆けつけてきた。どうやら結構危なかったみたいだな」
そう言ってレイヤは女性に手を差し伸べる。
「え?えと、ありが、とう?」
エルフは突然の出来事に困惑した表情で、感謝を述べながらもレイヤから差し伸べられた手を取るか逡巡している様子であった。
(ありゃ、まだ混乱してるか。まぁ、助けられたからと言っても行き成り見ず知らずの男、その上人攫いの男達と一悶着直後とあっちゃぁ多少は警戒するか)
そんなことを思ったレイヤは手を引っ込め苦笑いする。
少女たちの方を見遣ると未だ恐怖で震えながらも、女性とレイヤを交互に見ている。
その様子に困ったように頭を掻くが、拉致が開かないのでしゃがみ込み少女たちと視線を合わせる様に会話を試みる。
「とりあえずお嬢ちゃん達大丈夫か?」
「え?」
「……」
「だ、……大丈夫、です」
「うし、なら良い」
「良くないわよ!」
頷くレイヤに女性が口を挟む。
「何が?」
「その子達の首輪を外してあげないと、魔力がどんどん放出されていくのよ!」
「それってヤバいんか?」
「当たり前でしょ!!エルフにとって魔力は生命力と同じくらい重要なのよ!?それが無くなるってことは体がどんどん衰弱していくのよ!」
「え゛、マジか!?」
女性の言葉に驚いて再度少女たちを見やると確かに首輪の装飾から淡い光の粒子が放出されている。
それに加え先程魔法を発動したらしい長髪の少女がどんどんぐったりした様子を見せ、その場に倒れ落ちる。
「ジル!」
「「ジルちゃん!!」」
「おい、これどうやって外すんだ!?」
「力尽くじゃ外せないわ!鍵を探さないと!!」
「鍵っつったって何処に、ってそうだ!こいつら持ってんだろ!!」
急変した少女の様子を見て慌ててレイヤはたんこぶが出来て昏倒している二人組に駆け寄り、持ち物を漁り始める。
「くそどれだ?これか?違う!これ……は小銭!貰う!じゃなくて他に、ん?ペンダント?いや後回し!これじゃなくてこれでもなくて……あった!!」
やがて持ち物の中から鍵束を見つけると急いで少女達の許に戻り、鍵束の中から開錠できる鍵を探す。
「だーもう!どれが正解だ!?」
ガチャガチャと音を立ててレイヤが合う鍵を試行錯誤し、2人の少女がその光景を見守る中、女性は別の音に気付く。
視線を向けると先程レイヤのドロップキックを食らった盗賊のリーダーがよろよろと立ち上がっていた。
くっきりと靴底の跡が付いた顔面を抑えながらも苛立ちを募らせている。
「何処のどいつか知らねえがよくも邪魔しやがって……!!」
怨嗟の呟きを吐き捨てながら徐に腰に下げていた物へ手を伸ばす。
リーダーが手にしたそれは鈍色の光を反射する回転弾倉式の拳銃だった。
「死ねやぁあああ!!」
「危ない!!」
リーダーの怒号、女性の叫びと同時にドォンと銃声が木霊する。
瞬間、側頭部に大きな衝撃を受けレイヤの視界が大きく揺れる。
視界の端でHPの数値が0になるのと同時にレイヤの意識は途絶える。
ドサッと地面にレイヤの身体が崩れ落ち、身に着けていたゴーグルの破片が血飛沫と共に宙を舞う。
リーダーがニヤリと口角を上げると、硝煙を上げる銃口をそのままエルフ達にちらつかせる様に向けて脅しをかけ始めた。
「は、はは!どうだこの威力!本当なら価値が落ちるから使いたくなかったが、こうなったら仕方ねえ!!」
(あれは……フルクサスで出回ってる噂の銃!?エルデガード王国にまで流通していたなんて!)
舞い上がるリーダーの様子に歯噛みする。
彼女自身が万全なら魔法でどうにかできるだろうが、現在の魔力が枯渇している状況では打つ手が無い。
(よりにもよってこんな時に!せめて残った魔力でこの子達だけでも……!)
そう思い少女達の方へ視線を向けるが、少女達は目の前で頭部を撃ち抜かれたレイヤのショッキングな光景に腰を抜かしたらしくカタカタと震えていた。
「おらさっさと首輪を付けろ!じゃねえとガキの手足撃ち抜くぞ!!」
「「ひっ!!」」
「や、止めなさい!!」
「うるせえ!!」
リーダーが声を荒げると同時に発砲すると、弾丸は女性の右太腿を撃ち抜く。
「あぐっ!!」
「「お姉ちゃん!!」」
「へへへ、てめえさえ動きを封じれば後はどうにだってならぁ」
銃口を向けたまま女性に近づくリーダーはそのまま気絶した仲間が手にしていた首輪を取り出した。
「元々売り捌くつもりだったガキ3人にオマケして売ればもっと稼げるぜ!ギャハハハ!!」
高ぶりのあまり笑いが止まらないリーダー。
少女達はぐったりした少女を挟み込むように抱き合い震えている。その足元には小さな水溜りが出来ていた。
女性は抵抗しようとダガーを引き抜こうとするが左腕を撃ち抜かれる。
「あああああ!!」
激痛が走りダガーを握る力が緩む。
リーダーは苛立ちを募らせながらも愉悦を滲ませて顔を歪める。
「おいおい、あまり傷は付けたくないって言ったろ?商品価値が落ちるからよぉ。まあその方が良いって好色家もいるけどよ。何より」
リーダーは女性の襟首を掴み首輪を乱暴に付けて手放す。
地面に無造作に落とされて衝撃で息が詰まる女性の頭上でカチャカチャと何かを外す音が聞こえた。
「俺達が先に愉しませてもらうんだからな」
ニタリと笑うリーダーはベルトを外すとズボンを下ろしていく。
みすぼらしいパンツが露になると、女性はこの後に起こるだろう容易に想像できる展開に恥辱と憤怒が混じった表情を浮かべた。
「この下種が!!」
「まずはそのうるさい口を塞いでやるよ」
なけなしの抵抗として歯向かう女性に対して優越感を浮かべるリーダーがパンツに手をかけた。
やがて慰み者にされるであろう未来に女性の怒りが体中を走る激痛を上回る。
(せめて、せめてこの子達には手を出させない!!)
少女達に悍ましいものを見せまいと痛みを訴える身体に鞭打ち、背後に匿う様に身体をずらす。
その光景を見てリーダーはさらに興奮したようで愉悦の笑みで顔をさらに歪める。
あわやリーダーのもう一丁の銃が顕現しようとしたその時だった。
「おい、その百均の水鉄砲しまえよ」
聞こえてきた声に反応できず、次の瞬間リーダーの視界で世界は大回転するのであった。