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「さてと」
バイト先から帰宅した黎夜はスマホでエクリプス・クロスについて調べ始める。
公式のホームページにアクセスすると竜の頭・剣・歯車・杖が組み合わさったエンブレムが表示され、ゲームタイトルのロゴが書き起される。
黎夜はその中から世界観のタブをタップすると、ゲーム内に存在する国家の紹介文とそれぞれの国家の様子を写したスクリーンショットやショートムービーがズラリと表示された。
舞台となる世界は【アルカナイル】と呼ばれる一つの大陸といくつかの島々で構成されたものである。
アルカナイルには七つの大国と小国・少数部族が点在しており、主な大国は以下のとおりである。
豊饒の国 【エルデガード王国】
肥沃な丘陵地帯に位置するアルカナイルで古くから存在している中世ファンタジーの街並みを持つ国。地属性のエネルギーに満ち溢れており、豊穣の通り名に違わず北の竜骨山脈からは豊富な鉱石資源・西の星霜森林からは魔力の元となる魔素・南の丘陵地帯は食料源となる穀倉地帯・西のラクリマ大河は諸外国との貿易の玄関と立地に恵まれている。各種ギルドや物資も充実しており、初心者にもおススメの国であると記載されている。
武芸の国 【焔麗王朝】
広大な土地を保有するエルデガード王国に並ぶ歴史を持つオリエンタルな雰囲気の国。大陸東の荒涼地帯を中心として生活する多種多様な部族がおり、王都【祝融】にて開かれる武術大会【極祭】を制覇した者が焔麗王朝を収める皇帝となる。戦闘スキルやアビリティを習得・実践できる道場などが存在し、戦闘系の職能をメインで鍛えたいプレイヤーがこぞって詰め掛けている。
商業の国 【フルクサス商業連合体】
河川地帯を中心にした領土でヴェネチィアのように水路が張り巡らされた町を有する連合体。商業ギルドが集まって国として成立した稀有な組織。海運・陸運・空運の全ての交易の流通ルートを管理しており、各国に便宜を図り国家としての財源・資源の確保を行っており、自国の防衛として傭兵を数多く有している。様々な物資が集まるので職工系の職能を育てたいプレイヤーに重宝されている。
学術の国 【ウィズダム学園都市】
冷涼な山麓地帯に位置する北欧風の都市国家。ワイズマンと呼ばれる魔術師が創設したウィズダム学院を中心として学園都市に発展した国家。中心に位置する学院には各国から生徒が留学しており、社交の場であると同時にトラブルも絶えない。魔術系に関する知識や物資が収集されているため魔導士系の職能を扱うプレイヤーが集まる。
信仰の国 【レガリア聖王国】
大陸の西方、霊峰エネルゲイアを擁するテレスト台地に鎮座するヴァチカン市国に似た宗教国家。アルカナイルに広く普及しているデュナミス教の総本山であり、日夜各国から信徒が巡礼に訪れている。聖王の庇護下に置かれた騎士団を保有しており、各地の盗賊や魔物の被害にあった地域への支援活動を行っている。僧侶系や神聖系の職能を伸ばしやすい国家である。
修羅の国 【豊天原】
大陸の東方の海域に浮かぶカンナギ島とそれを取り囲む5つの島から成り立つ日本のような島国。カンナギ島に存在する幕府城が統治しており、大名と呼ばれる領主によって日夜合戦が執り行われている。各国との関りは薄いが、豊天原でしか産出されない鉱物、それを原料に鍛造した刀剣類を含む武器は高い完成度を誇り、各国に売買されている。侍や忍者など和風の職能はここでしか獲得できない。
鉄血の国 【アイゼブルード帝国】
大陸北方、険しい山岳地帯に囲まれた厳しい環境で発展した工場のような建造物が乱立する帝国。機械技術に傾倒し、独自のパワードスーツ【魔機鎧】を開発。それを用いて周辺の開拓と各国へ小競り合いを仕掛けている。鉄道や高規格道路などを敷設しており、山岳地帯に設けた坑道から大量の鉱石などを採掘している。機械技師系の職能を求めるプレイヤーにとっては外せない国家である。
「ふーむ。芽久さんにはどこの国を選んでもいいと言われたが、はてさてどうしたものか。ってしまった。芽久さん達が何処に所属しているか聞いてないじゃん!」
そう言いながら黎夜は各国の詳細を読み込んでいくと同時に、手渡されたVR機器の梱包を解いていく。
バイザーと一体になったヘッドギア【クラウン】が露になると、早速電源を付けて動作を確認する。
「まあ、あの二人のことだから大体の予想がつくけど……十中八九、レガリアはないな。どう考えても性質上、豊天原かアイゼブルードだろうし。あ、いや待てよ。焔麗の可能性もあるのか。フルクサスとかウィズダムには……他の人にも声を掛けてるみたいだし、吹雪さんや綴さん当たりが所属するのかな。香輪さんにもそのうち声が掛かっても機械関係でアイゼブルードだろうし」
独り言ちながら動作に問題がないことを確認した後、ゲームカードをクラウンにセットしセットアップを開始する。
その時間を利用して梱包のゴミを片付け、食事と入浴・トイレなどを済ませる。
諸々を終えた後、クラウンのバイザーにダウンロード完了の文字が表示された。
「ま、取り敢えずやりながら考えますか」
そう言って黎夜はクラウンを頭につけてベッドに横になる。
横にあるスイッチ類を操作するとバイザーの内側にエクリプス・クロスのゲームロゴが表示され、起動の文字が点滅する。
「起動……と」
短く呟いた瞬間、黎夜の意識がフッと軽くなる感覚に襲われる。
続いてバイザーにwelcomeplayerの文字に切り替わり、黎夜の意識が暗転した。
数秒後、黎夜のスマホに二件の着信が届いたのであった。
☆
気が付いた黎夜は真っ暗な空間の中に漂っていた。
周囲に黒に染まった虚空が広がる中、一枚の羊皮紙のようなものが飛来する。
「何だこれ……ああ、ようはキャラクリエイトか」
CONTRACTと大きく羊皮紙に書かれた項目を一瞥して確認した黎夜はフワフワと漂いながらキャラクリエイトを開始した。
「まずはプレイヤー名を入力、か。えーとレイヤと。我ながら毎度ネチケット完全無視だな」
自らの本名をそのまま記載しているだけだが、不思議なことに今まで何もトラブルが起きず本人的にもそこまで捻った名前が出ないのもあって問題はなかった。
むしろ名前を大きく弄りたくない個人的な理由があるのも事実ではあったのだが。
それはそれとして黎夜もといレイヤはキャラクリエイトを進めていく。
「何々、次は種族を選択……うおぉ、すげえな。人間を選ぶだけでも色々人種が出てくる」
一つの種族から様々な特徴を持った人種へ枝分かれしていく項目。それに圧倒されながらもクロヤは内容を吟味していく。
「噂には聞いてたけど種族を選ぶだけでも時間かかるな。内容を把握するだけでも大変だぞ」
一つ一つ画面をスクロールしながらチェックしていく中で呟くレイヤ。
小一時間悩んだ結果、人間族で始めることに決定した。
「ま、この手のゲームにゃ途中で種族変更できるイベントとかありそうだしな。それに人間の方がカスタマイズしやすそうだし」
そう言いながら人間族のオーソドックスな人種である大陸人を選択する。
すると目の前に光が集まりデッサン人形のようなものが出現する。
それに合わせて羊皮紙に次の項目が出現した。
「こっから細かい人相やら決めるのか。ってすごいな、身長やら輪郭まで細かく弄れるのか。ならここをこうして」
さらに小一時間、各項目のスライダーを微調整しつつ完成したレイヤの新たな肉体は細身の筋肉質な体型をした男のキャラだった。
少々目つきが悪いのとバンダナで纏められたドレッドヘアが威圧感を放っているが、レイヤ本人は気に入っているのでご愛敬である。
身長は現実の自分と差が無いように少し高めに設定しており、遊びとして目元に紅色と黒のペイントを引いている。
「うし、これで決定と……うお!?」
羊皮紙の完了の項目を選択した瞬間、黎夜の身体がレイヤとして設定された肉体へと吸い込まれる。
再び一瞬の暗転の後、目を開けるとレイヤの身体へと変化していた。
「ちょっとビックリした」
そう呟きながら掌を閉じては開いてを繰り返し感触を確かめる。
続いて上半身を捻ったり、足を上げたりしたりなど体の動作を入念にチェックしていく。
一つ一つの動作に違和感が生じると今後のプレイに影響を及ぼす可能性があるので、自分にフィットするように感覚を確かめる。
「うーん、もう少し絞ってみるか。変更は……お、できるな」
再び現れた羊皮紙の項目を弄るとそれに合わせてレイヤの肉体が変化する。
その都度肉体の調子を確かめながら調整していき、やがて納得の行く肉体が出来上がる。
「完成。思ったより入り込んだから時間が掛ったな。えーと次は?」
続いて羊皮紙を確認すると『初期職能を選択してください。』の文字が表示される。
すると分厚い百科事典のような本が出現し、レイヤが手に取ると独りでにページが開かれる
「職能か……これもかなり種類があるみたいだな」
ズラッと表示された職能の一覧に軽く呻くレイヤ。
「えーと、【剣士】に【弓手】、【盗賊】に【魔法使い】・【僧侶】……【商人】や【料理人】もあるのか。ん、【召喚士】とか面白そうだな」
ブツブツと呟きながらページを捲るレイヤ。
数分後、大きく頷くとパタンと本を閉じて羊皮紙に入力していく。
「よし決めた。格闘家にしよう。職能も後から変更できるみたいだしその都度変えていくとするか」
レイヤが選択したのは徒手空拳を主体とした格闘技を扱う【格闘家】だった。
選択した理由は【クラウン】の特色としてコントローラーによる操作ではなく、プレイヤーの脳波を読み取り操作キャラクターに反映させることで、現実で自分の身体を動かすように自由自在に動作することが可能である。動作補助もあるので運動が苦手な人等も楽しめるように設計されているとのことだった。
そのためレイヤは現実でも格闘技を身に着けているので、扱いやすいだろうと判断し初期職能として選択したのだった。
「剣道とか習ってれば【剣士】系でも良かったんだが……今度芽久さんか紅羽に教えてもらうか。とにかくこれでOKと、あとは……『所属する国家と出自を選択してください』か」
入力を終えた羊皮紙にそれが表示された瞬間、目の前に巨大な地図が現れる。
地図には7つの地点がそれぞれ七色で表示され、先程レイヤが調べていた七つの国家の名前が表示される。
「さてさて、別に被りを気にするわけじゃないがさっきの理論で行くと候補はエルデガード王国のみになるわけか。芽久さんたちと一緒の国でも良いんだけどせっかくなら別々の国の方が面白そうだし……って、ん?出自?」
一瞬スルー仕掛けていた羊皮紙の項目に気付いたレイヤがそれを確認すると、そこには『プレイヤーは平民や貴族、傭兵の出身などアルカナイルでの出自を設定することができます。それぞれの出自にはステータスやスキルの補正が設定されており、所属する国家の特性も上乗せされます。一例としてアイゼブルード帝国の平民出身と設定した場合、アイゼブルード帝国の特性である機械技能補正と平民のVIT上昇・LUC下降補正が適応されます』と書かれていた。
「あーなるほど、出自によってもステータスに差が出るのか。ってもそこまで劇的に変わるわけでもなしか。さてどうする……これも結構あるのな。どこまでシナリオ凝る気だよ」
再び別の分厚い本が現れページが開かれると若干引きながら黎夜が零す。
これに関してはそう時間もかからずに決定する。
「【放浪者】……所属国家の特性を受けないのとVIT下降補正の代わりにDEXとAGI上昇補正か。拳闘士だと攻撃を躱したりいなしたりするのがメインだから、直撃を考えなければVIT下降の防御力低下は無視して良いか。……国家特性を受けないのは正直何とも言えないがその分ステータスを2つ補正受けれるから良しとしよう」
ちなみにエルデガード王国の国家特性は【騎士】系統等タンク系の職能に防御力ボーナスが付与されるのだが、レイヤとしては攻撃を受け続けるより、回避重視のプレイスタイルなので最初から合ってないようなものではあった。
兎角防御力をかなぐり捨てている構成ではあるが、レイヤ本人としては納得の行く出来栄えとなったのであった。
最後に細かい部分をチェックして問題ないことを確認すると羊皮紙に浮かび上がる完了と署名する。
すると羊皮紙が輝き始め引き延ばされるように巨大化する。
やがて羊皮紙の真ん中が焦げ始め徐々に円形に燃焼していくと、渦を巻いた光が出現する。
そして羊皮紙の一番上の項目がCONTRACTからWELCOMEの文字に切り替わった。
「いよいよゲームスタートってわけか。んじゃ早速初めっか!!」
未知なるゲームに心躍らせ意気揚々と渦の中に飛び込むレイヤ。
遥か彼方から見つめてくる視線に一切気付くこともなく。