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01始動

初投稿になります。

拙い文章ですがお付き合い頂ければ幸いです。

 とある夏の午後の話。


「ゲームですか?」


 今しがた終えた床掃除に使用していたモップを片付けながら古橋(フルハシ)黎夜(レイヤ)は聞き返す。

 音楽と学生の喧騒が響くゲームセンターの一角で黎夜と向き合うのは、ニコニコと笑みを浮かべるのは黒髪を腰辺りにまで伸ばしたモデル体型の女性だった。


「そうそう。去年くらいに発売されたんだけど、中々自由度が高くて楽しいから君も誘ってみようと思ってね」

「あー、もしかして【エクリプス・クロス】のことですか?申し訳ないっすけど、今月の給料は家賃とかもう払ってるんで生活費苦しいんですよ。それにアレ確か抽選待ちの状況ですよね?」


【エクリプス・クロス】

 『世界が蝕まれる時、数多の物語が交差する』というキャッチコピーでイースト・ザナドゥ社から発表された新型VRMMOシステムと同時に発売されたゲームの名前であり、社名の頭文字と併せて【EX】と略称で巷で話題になっている。

 従来のコントローラーと(ヘッド)(マウント)(ディスプレイ)を併用したものではなく、

 新型ゲームデバイスであるヘッドギア【クラウン】を付けることによって、意識をゲーム内に反映させるという代物であり、そのリアリティは先行体験会において既存のゲームを過去の遺物にしたと評するほどであった。

 その開発には電子工学の天才と脳科学の権威が携わっているとの噂が流れているが、公式からの正式な発表はなく、ネットの海から生まれた信憑性の低い都市伝説のような扱いをされている。それ程までにこれまで発売されてきたゲームを凌駕する程の技術が注ぎ込まれた作品であり、事実このゲームの発表と試遊会後、イースト・ザナドゥ社の株価は連日ストップ高で取引されている。

 肝心のゲームの内容は、よくあるファンタジーな世界観で大小の国家が犇めく中、魔物が跳梁跋扈し、古代文明の機械群が再起動するという中々カオスな様相を呈している世界【アルカナイル】でプレイヤーは自由に行動をすることができるというものだった。

 キャラメイクも特段縛りが無く、人間やエルフ・ドワーフなどのファンタジー定番種族はもとより、ゴブリンやデーモンなどモンスター、果ては機械の身体を持つ種族なども選択できるという。

 注目すべきはそのゲームシステムである。

 キャッチコピーの通りプレイヤーが起こした行動・その時々の判断によってゲーム内容や報酬が随時変化するという。

 例えば試遊会で判明した事例の中には初期に受けることができる採集クエストで、プレイヤーがある行動をとった所、特別なクエストが発生し、一つしかないユニーク装備を獲得したという珍事がある。

 また鍛冶や料理などのクラフト要素もレシピは存在するが、それこそ製作者によって十人十色の物ができるとのことだった。

 それらを含め情報が発信され続け、全世界のゲーマーのみならずそれまでゲームを触れてこなかった人達も興味を抱きこぞって買い求めたため、品薄・品切れの店舗が相次ぎ現在では随時抽選待ちの状況である。


「あーそれなら大丈夫。ヘッドギアと一緒にお姉さんがプレゼントしてあげるから」

「え、芽久さんが?いやいや、ゲームソフトだけならともかく、アレ新型のヘッドギアとセットですよ?結構良い値段しますし、そんな気軽にプレゼントなんて言えるものでもないでしょアレ」


 驚く黎夜の言葉にホールスタッフのチーフである守谷(モリヤ)芽久(メグ)は、クスクスとその反応を楽しんでいるように笑い返す。


「正確には店長も一枚かんでるのよ。実は店長のコネで彼と私は先にヘッドギアとゲームを買えてね。で、進めている内にとあるイベントが告知されたんだ。それがチーム対抗のPVPらしくて、野良で組んでもよかったんだけどどうせなら息の合ったプレイヤーと楽しみたいから君も含めて声を掛けてるのよ。それに黎夜君もここの所バイト頑張ってくれてるし、そのご褒美ってことで」

「ご褒美て。というか日ごろからあの人には世話になってるから嬉しいのは嬉しいけど、流石に気が引けるというか。というかそもそも」

「因みにもう手元にあります」

「え゛」


 いつの間にか芽久の手には何処から取り出したのか、バスケットボール大の大きさの箱が抱えられていた。


「……一応聞きますけど俺が受け取りを拒否したらどうなりますか?」

「黎夜君はそんな事しないと私達は思ってるよ」


 笑みを浮かべつつ差し出してくる芽久の有無を言わさぬ雰囲気に思わず気圧される黎夜だったが、しばらく受け取るかどうか逡巡しやがて溜息を突きながら箱を受け取る。


「はあ、わかりました。ここで渋ってあの人の機嫌を損ねたくないっすから」

「ふふ。彼も子供っぽいところあるからね。あ、そうだ。今週末って予定入ってるかしら?」

「週末っすか?確か部活のヘルプも入ってなかったから大丈夫だと思いますけど」

「OK。久々にミーティングしようと思ってるから予定空けといてね」

「了解です。それじゃあ俺もう上がりますね」

「はーい、お疲れ様~あ、そうだ。ゲーム開始した時に所属する国を選べるんだけど、黎夜君の好きなところから始めて構わないからね。SM(ショートメール)送ってくれればこっちから合流するから」

「了解です」


 ヒラヒラと手を振りながら見送る芽久を背にしてスタッフルームへと向かう黎夜。

 扉を開けるとロッカーに囲まれた部屋の真ん中、味気のないテーブルセットに座ってスマホの画面を眺めていた一人の女性と目が合う。

 明るい茶髪のポニーテールが印象的な彼女は、ゲームセンターの名前である【NEST】のロゴが刻まれた紙コップの中身をストローで啜りながら手を上げて会釈する。


「おーレイッチお疲れ~」

「お疲れ様です。木村さんはこれからですか?」


 木村(キムラ)香輪(カリン)。黎夜の先輩でホールスタッフのサブチーフを務める女性である。

 自分のロッカーを開けて帰り支度を始める黎夜の質問に、香輪はゆったりとした口調で返答する。


「んー、今日はちょっと早く来すぎたから時間潰してたとこなんだー。いつにも増して気合入れすぎたかなー」


 そういう彼女の服装はスタッフの制服ではなく、F1レーサーが切るようなレーシングスーツを着用している。


「そういえば今日はイベントの日でしたっけ」

「そー。まー段取りは済んでるからあとは本番に備えるだけー。ところでレイッチ、それはー?」

「ん?あー、これですか。芽久さんに渡されたんですよ。新型ゲームデバイスの【クラウン】。何でもイベントをやるために【EX】を始めろって」

「あー、店長の病気かー。ってことは私にもそのうち声掛かるかなー」

「木村さん【クラウン】持ってるんですか?」

「まーねー、といっても私が持ってるソフトは【EX】じゃないけどー」

「香輪さんが持ってるっていうと……ああ、最近出たレースゲームでしたっけ?確か【ワールド・ホイールズ】って題名の」

「そーだよー。名前はありきたりだけど完成度とカスタムの自由度は高い名作だよー」


 にへらと破顔一笑する香輪。その直後、スタッフルームの扉が開かれスタッフの一人が声を掛けてくる。


「木村さーん。そろそろ時間ですよ~」

「は~い、今行きま~す。そういうわけだから行ってくるね。お疲れ様レイッチ~今度そのゲームの感想聞かせてね~」

「お疲れ様です木村さん。イベント楽しんでください」


 互いに手を振って挨拶を交わす二人。香輪は伸びをしながらスタッフルームから出ていった。

 店のエプロンを畳んでロッカーにしまうと鞄を背負い店の出口へと向かう。

 時間は日曜の昼下がり。

 午前中だけのシフトに入っていた黎夜以外のスタッフは午後の営業にも精を出していた。

 そんな中、アーケードゲームブースの一角に人だかりが出来ているのを遠目に見る。

 店内にかかる今流行りのJPOPに混じり、MCのコールが聞こえてくる。


「さあ皆様今回もやってまいりました!!【NEST】恒例、お客様とうちのスタッフがゲームジャンル別に対決するイベント、通称【プライドバトル】!!今回のジャンルはレース!!そして担当のスタッフはぁぁ!!我等が誇る根っからの走り屋!!現実の峠や湾岸を攻める特攻隊長!木村香輪だぁ!!」

「やーどもども。皆さん日頃のご愛顧ありがとねー」

「うおおおお!!香輪ちゃーん!!」

「こっち向いて~!」

「今日の格好もいかしてるぜ!!」


 彼女の熱狂的なファンの歓声を尻目に黎夜は帰宅するのだった。

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