基礎知識
カルネルの発言に、理解が追い付かない。
俺は一般人だ。ライトノベルを書くこと以外、そこいらの人間と変わらない、特別でも何でもない存在のはずだ。顔面偏差値の中間あたりに位置する程度の容貌を持つ、引きこもり気味でなんの特殊能力もない普通の日本人だ。
それが、創造主……?
「待ってくれ。俺が創造主って、何かの間違いなんじゃないのか?」
「いや、間違いなくお前さんは創造主だろう。胸元を見ればわかる」
胸元……?
俺は死の瞬間に着ていた、お気に入りのTシャツの襟を引っ張り、自分の胸元を覗き込んだ。
俺の胸元には、生前にはなかった、まるで中世の貴族の紋章のようなものが刻まれていた。
これがなんなのか、見当もつかない。
「カルネルさん、これは一体なんなんだ?」
「なんだ、創造紋のことを知らないのか!?」
カルネルは驚いて、俺のことを注視した。
そして、テーブルに置かれていた謎の飲み物を一気に喉に流し込むと、落ち着きを取り戻して
「待て、お前さんは創造主やこの世界についてどこまで理解しているんだ?」
と、さっきまでのように柔らかい口調で質問してきた。
「創造主とやらも、このよくわからん場所も、何も知らない」
「……」
カルネルは考え事をしているような仕草をしたのち、口を開いた。
「ひとまず、説明が必要なようだな」
そして、カルネルは長時間、詳しく説明してくれた。
まず、創造主という存在について。生前物語を綴っていた人間が、何かしらの条件を達成した状態で死の危機に瀕したとき、自らを"オリジナル"と名乗る存在に選定され、資格を得たのちになる存在だとか。
ーー俺たち以外にも創造主は存在するのか。
死の危機に瀕することが条件らしいが、実際に死んだはずの俺が選ばれるというのはどういうことなのか、よくわからない。そもそもその"選定"とやらを受けた覚えがない。
また、物語を綴った人間が選ばれるから『創造主』というのは納得だが、条件とは何なのか。そこに関してはカルネルも知らないようだ。
創造主として選ばれた者は、各々が創造紋と呼ばれる証と強力な力を与えられ、生前の物語が元となった世界を運営していく役割を任される。カルネル曰く、運営しなければならない理由もわからないが、ほかにやることもないのでやっているのだとか。
運営していく世界についても、特異な点がいくつかあった。その中でなによりも奇妙な特徴としては、定期的に大災害が起こることが挙げられる。
大災害といっても、土砂崩れや地震のような類ではなく、怪物、要するにモンスターが大量発生する現象らしい。数多くある世界ごとで呼び名こそ違えど、現象自体は共通して発生するらしい。
ーーモンスターが発生するってことは、どんな世界観でも結局はファンタジーってことね……
創作された物語がもとになっているとしても、世界観が共通しているだけだったり、逆に物語通りに事が進むこともあるらしい。また、基本的に十分な設定をしていなかった部分は補填されるらしい。
何かの間違いで物語の範疇から世界が逸脱した場合、段階的に世界は終わっていくという。
創造主の重要な役割、つまり世界の運営とは、世界がベースとなる物語から逸脱した場合に軌道修正をしたり、災害による被害を抑えることらしい。
ただ、ゲームや作り物と考えてはいけない。世界は確かに実在する。生命が生まれ、終わっていく。営みがある。世界とはそういうものらしい。
ここまで基本的な説明を受け、少しずつ状況を理解してきた。
しかし、俺がオリジナルなる存在から、創造主に選ばれたこと、創造主の役割、世界の運営方法などを教わっていないことは、異例のことらしい。
「そこが謎なんだ。創造主というのは、基本的にオリジナルから与えられる役割だ。もちろん、与えられる以上奴との何かしらの接触はあってしかるべきなんだ。お前さん、日向とか言ったか、本当に奴と会ってないのか?」
「あぁ、これっぽっちもな」
「それが本当なら、かなり異例の存在だぞ、お前さんは」
こんなことになっている時点ですでに特異な存在だと思うが、と内心ツッコむ。
「それより、基本的な説明を受けてなかったのなら、自分の世界への行き方なんかも知らないんだろう」
「全然わからん……」
「感覚的な話になるが、頭の中で強く『メニュー』なる言葉を意識するんだ。そうすれば、あとは説明せずともわかるだろう」
ーーは?……今、なんて?
今、威厳と貫禄を感じさせるカルネルの口から、あろうことか『メニュー』なる現代用語が出てきた。
その様子から、カルネルは言葉の意味をあまり理解していないように見える。仮に選定の対象者に時間の概念が適用されていないとするなら、別の時代からも選ばれるだろう。つまり、カルネルもそういった人間なのかもしれない。
しかし、意識しろと言われたからには、言われた通りにするしかない。驚きつつも、頭の中で『メニュー』と唱える。
瞬間、唐突に、視界内に言葉通りの『メニュー画面』が浮かび上がった。
「……なんで?」
視界を覆わないようわざわざ半透明になった文字が、強烈な違和感を発している。
いつぞやにプレイしたゲームのメニュー画面にそっくりなレイアウトだ。
「見えたか?」
「あぁ、恐ろしくはっきりと見えるよ」
『世界名:ミーミル』と、何かの冗談のように自分の著作の名前が記述されていた。
異世界転生もののラノベみたいな展開を、半ば呆れつつ受け入れる。
「そこから世界を渡ることができるぞ。どうすればいいかはわかるな?」
「あぁ」
生前、さんざんプレイしたオンラインゲームのフィールド移動みたいなもんだ。確かに説明を受けなくても、どうすればよいかは理解できた。
「あっちに渡ったら、ここにはもう来れないのか?」
俺は視界内のメニュー画面のカーソルを動かしながら、カルネルにそう尋ねる。もし何かあった時、逃げ込める場所があることは重要だ。
「ここは誰の世界でもない、創造主用の休憩室みたいなもんだ。いつでも戻ってこれるぞ」
「そりゃよかった。」
言いながら、カルネルとともに小屋を出た。地を踏みしめ、やわらかい風を受け、雄大な自然を見ながら一呼吸。覚悟はできた。
成り行きで拒否する機会もなかったとはいえ、なってしまった以上、創造主としての役割を果たすしかない。それが今の自分の延命につながるのだから。
「色々教えてくれて、ありがとな」
「また会ったときは、お前さんの世界がどんな世界だったか、教えてもらうからな」
「わかった。それじゃ、行ってくる!」
「達者でな!」
いろいろと教えてくれたカルネルに、別れを告げる。
自分の創り上げた世界へ意を決して渡ろうと、目を瞑り、意識内のメニューから転移キーを選択した、そのとき。
ーー脳を焼き切るような、痛みが走った。
ーーっ!?
痛みのあまり叫ぼうとするも、口を開けるより早く視界が暗転し、意識は途絶えた。
話を作ることの難しさを身をもって体験してます。がんばろ。




