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【書籍化】元悪女ですが、公爵閣下に淑女教育を受けます!〜お手をどうぞ、王女さま〜  作者: 八色 鈴
一章 

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07.監視宣言

「母にまで上手く取り入ったようだな。一体、どんな手を使った?」


 お茶の時間を終え、茶器を片付けるため夫人の部屋を出るなり、ギデオンと出くわした。

 ずっと待ち構えていたのだろうか。腕組みをし、壁に背中を預けていた彼は、エリーゼの顔を見るなり小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「何を仰っているのかわかりかねます」


 辛辣な言葉にかちんと来て、エリーゼは素っ気なく彼の前を通り過ぎた。

 これから午後の仕事に取りかからねばならないのだ。相手をしている暇はない。

 しかし、呼んでもいないのにギデオンが後からついてくる。


(森のくまさんか)


 いや、熊ならまだ可愛いものだ。

 値踏みするような、あるいは粗探しするような眼差しが背中に突き刺さる感触は、まったくもって不快である。


 このまま無視しようかとも思ったが、主人の兄に尾行されている姿を同僚たちに見られたら、きっと面倒なことになる。

 台所まで辿りついたところでエリーゼは台の上にトレイを置き、くるりと背後を振り向いた。

 腰に手を当て、頭ふたつ分ほども高い場所にあるギデオンの顔を睨めつける。


「公爵さまがわたしのことをお気に召さないのはよくわかりました。ですが、わたしはご覧の通り仕事中です。邪魔をされては困ります」

「詐欺師が、一人前の口をきくものだな。いいか。弟と母のことは上手く騙したようだが、この私の目は誤魔化せない。この館に滞在している間、君の行動は逐一監視されているものと思いたまえ」


 それなりに厳しい口調で言ったが、ギデオンにとっては子犬が甘噛みしたようなものだったに違いない。彼は少しも堪えていない様子で、皮肉げな笑みを浮かべる。

 夫人は彼のことを『頑な』だと言っていたが、これはそれどころではない。

 独善的な発言にますます怒りを覚え、けれどここで声を荒らげては相手の思うつぼだと、懸命に感情を抑え込む。


「お言葉ですが、公爵さまは一体、わたしの何をご存じでいらっしゃるのでしょうか」

「何……?」

「確かに、わたしはオーエン子爵との婚約を破棄しました。破産した婚約者を冷酷に捨てたと噂されるのは、それはそれで仕方ありません。ですが、だったらわたしはどうすればよかったのでしょうか? オーエン子爵と共に泥船に乗って沈めばよかったと仰せですか?」


 そこで初めて、ギデオンがたじろぐ様子を見せた。

 まさかそんな反論の仕方をされるとは思ってもみなかったのだろう。またたきを繰り返し、気まずげにエリーゼから視線を逸らす。


「そ、そこまでは……。ただ、言い方というものがあるだろう。子爵は泣いていたのだぞ」

「変に希望を持たせたほうが残酷ということもあります。現に彼はわたしをつなぎ止めるため、賭博などという結果の不確定な方法に、己の全財産を賭けようとしていました」


 もし、あそこでエリーゼが突き放していなければ、子爵は本気で残った家屋敷を手放していたことだろう。数少ない財を賭博に注ぎ込み、もし失敗すれば目も当てられない。

 大体、そもそも子爵が事業に失敗したのは、身の丈に合わない無茶な投資をしたからだ。エリーゼは何度も止めようとしたが、とうとう聞く耳を持ってもらえなかった。


「では、四度の婚約破棄や、妹の婚約者を奪ったという話はどうなのだ」

「ある意味間違いではありませんが、それを説明する義務はございません。それにどうせ公爵さまは何を説明してもわたしの話を信じては下さらないでしょう」


 それに、実家が貧しいだとか妹の持参金が足りないなどという話は、他所でおおっぴらにするものではない。

 貧乏貴族にも貧乏貴族なりの矜持があるのだ。


「ともかく、わたしは旦那さまや大奥さまに、仕事ぶりを評価されてここにいるという自負があります。世間の噂でわたしを知ったつもりになっているのなら、それは大きな間違いだと、証明してみせましょう」

「――証明」


 呆気にとられたように同じ言葉を繰り返すギデオンに、エリーゼは静かに微笑んでみせた。内心では怒り狂っていたが、決してそれを表には出さない。


「どうぞ、監視なさりたいならいくらでも監視なさってください。なんなら、わたしを公爵さまの部屋付きにして下さっても構いません」

「な……」

「家政婦から、公爵さまのご滞在は二週間程度と聞いております。その間に、何か収穫があるとよろしいですね」


 挑発するような言葉に、切れ長の青い目が大きく見開かれる。

 

「それでは、仕事に戻りますので失礼いたします。ごきげんよう」


 その目が元の大きさに戻るのを待たず、エリーゼは今度こそギデオンに背を向け、使用済みの茶器を洗うため流し場へ向かうのだった。

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