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16.失恋の痛み

 一瞬、何を言われたか分からず頭が痺れたようになった。娶せる、という言葉の意味が呑み込めず、何度も何度も反芻してようやく理解する。

 ――国王は、エリーゼとウィルフレッドが結婚することを望んでいるのだ。


 助けを求めるようにギデオンを見る。しかし彼は、気まずそうに視線を逸らしただけだった。

 知っていたのだと、その動作ひとつで悟る。彼は国王の思惑を知っていた。だから以前、エリーゼが「そんな相手はいない」と言った時、妙な表情を浮かべていたのだ。


 知っていながら、何も教えてくれなかった。それはすなわち、彼もウィルフレッドとエリーゼの婚姻に賛成していたということに違いない。

 その事実に、頭をがんと殴られたような衝撃を受ける。


「余もまだ四十とはいえ、いつ何が起こるかもわからぬ。ようやく探し出した大切な娘に、ひとつでも多くのものを残してやりたいのだ」

「それ、は……お気遣いは大変嬉しく思いますが、わたしは――」


 まるで、言葉が喉に張り付いたかのようだった。呼吸を整えようと唇を湿らせる。だけど、胸が詰まって結局は何も言えなかった。


「もちろん、そなたに誰かよい相手がいるというのなら無理強いはせぬが――。誰か、相手はおるのか?」

「いいえ……」


 一方的に恋心を抱いている相手なら目の前にいる。だけどこの場でそんなことを言ったところで、なんになっただろうか。

 押し黙り俯くエリーゼの表情が強張っていることに気づいていないのか、国王は上機嫌に話を続ける。


「ならば、少し考えてはみぬか? ウィルは見どころのある男だ。余のためによく仕え、常に国のことを思っている。王女の伴侶として、血筋も申し分ない。そなたにとって、信頼に値するよい夫となることだろう」


 宥めるような、優しい国王の声を耳障りに感じるなんて、どうかしている。

 いつものギデオンなら、こうした場面できっと助け船を出してくれたはずだ。それなのに今の彼はだんまりを決め込んだまま、決して口を挟もうとはしてくれない。


「ハリエット。そなたに少しでも幸せになってほしいと思う、この父の親心を汲んでくれると嬉しい」

「……少し、考えさせてください」


 結局エリーゼは、絞り出すようにそう返事をするので精一杯だった。




「良いお返事を期待しております」


 屋敷を去る間際、ウィルフレッドはエリーゼの手を取り、別れのキスをしながらそう言った。

 すぐにでも手を洗いたい衝動を堪えながら国王の馬車を見送ったエリーゼは、改めてギデオンに向き直る。


「……どういうことですか?」

「君が聞いた通りだ」


 返事は素っ気なく、どこかよそよそしかった。


「陛下は以前より、ハリエット王女が見つかった際は良い伴侶をあてがおうと考えておいでだった」

「ギデオンさまは、わたしとシャルウィック公爵が結婚することに、賛成なんですか?」


 どうか違うと言ってほしい。

 切なる願いを込めてギデオンを見る。しかし彼は、エリーゼと決して目を合わせることなく、淡々と告げる。


「シャルウィック公爵は国王の片腕として国政にも深く関わっている。君が女王として即位した後も、側で支えてくれるだろう。何より、陛下が君に相応しいと判断した相手だ」

「――そういうことを聞きたいんじゃありません!」


 気づけば、みっともなく大声を張り上げていた。

 今回の件に、ギデオンは何も関係ないのだ。こんなのは八つ当たりに過ぎない。そんなこと、頭ではわかっていた。けれど、噴き出すような怒りや悲しみのやり場を、他に見つけられなかった。


「わたしは――わたしは、あなたのことを……!」


 感情がたかぶるまま、思いの丈をギデオンに伝えようとする。少しくらい、彼も自分を憎からず思ってくれているのではないか――というほのかな期待もあった。

 しかし、彼はそっと首を横に振り、エリーゼの言葉を遮った。


「いけません、王女殿下(、、、、)


 その呼び方はしないでほしいと、伝えていたはずだ。だけど彼は今、あえてそう呼んだ。きっと、薄々気づいていたのだろう。エリーゼが彼に抱く、淡い感情に。


(気づいて、いたのに……)


 静かな拒絶に、目の前から色が消えた心地がした。上手く呼吸ができない。胸の奥が、痛くて堪らない。


「私は臣下で、あなたはいずれ女王となるお方です。どうか、お立場をわきまえてくださいますよう」

「だったら――」


 だったら、初めから優しくなどしないでほしかった。笑いかけてなど、ほしくなかった。いっそウィルフレッドと先に出会っていれば、こんな思いはしなくてすんだのに。


 ぐっと奥歯を噛みしめ、胸をしぼられるような痛みに耐えようとする。今、ギデオンはどんな顔をしているのだろう。憐れみ? それとも、軽蔑?

 確認する勇気が出ない


 わかっている。それがどんなに身勝手で一方的な言い分かなんて。それでも、悲しみを怒りに変えなければ、この場でみっともなく泣きわめいてしまいそうだ。

 結局エリーゼができたことと言えば、無言で踵を返し、自室に閉じこもることだけだった。

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