15.病
ハーブティーには、身体が温まるシナモンとジンジャー、そして乾燥させた林檎を使った。ほんのりと甘い香りがするこのお茶は、寒い時期にぴったりの、エリーゼのお気に入りだ。
一際丁寧にお茶の準備をし、応接室に戻る。
正面の席には国王とウィルフレッドが、手前の席にはギデオンが座っており、エリーゼの姿を認めるなり席から立ち上がる。
「どうぞ、おかけになってください。お口に合うといいのですが……」
お茶を注いだカップをそれぞれの前に置く。正直に言えば、あんなことを言われた後にウィルフレッドにハーブティーを振る舞いたくはなかったが、国王の供として来ている彼を邪険にするわけにもいかない。
「いただこう」
国王がカップに口を付ける。一口、また一口と、ハーブティーを飲む。ドキドキしながら一連の動作を見ていたエリーゼに、彼は優しく微笑んだ。
「これは美味い! ハリエットは本当に、お茶を淹れるのが上手だ」
「恐れいります」
自分から勧めたものの、いつも最高級のものしか口にしていないであろう国王に、自分の淹れたお茶を飲ませるというのは中々に緊張するものだ。
「本当に美味しいですね。身体が温まります」
ウィルフレッドもにこやかにお茶を飲んでおり、ひとまず味は問題なかったようで安心する。
ただ、気になるのはギデオンの様子だ。国王がやってきてからというもの、どこか落ち着かない様子で、お茶にも一切手を付けていない。
国王の訪れに緊張しているのか、ウィルフレッドが苦手なのか、あるいはその両方か――。理由は分からないが、普段と違う様子が心配だった。
「ハリエット、ギデオンはそなたによくしてくれておるか?」
「え? は、はい、とてもよくしていただいております。ノースフォード公爵はとても教育熱心で、学ぶことも多いです」
ギデオンの様子にばかり気を取られていたエリーゼは、国王から話しかけられたにもかかわらず、一瞬反応が遅れた。
幸いにして国王はそれには気づいていなかったようで、満足そうに話を続ける。
「そうか、それはよかった。やはり今回のことは、ギデオンに任せて正解だったな。落ち着いたら何か、特別な褒美を取らせなければ。そうだな……余にできることなら、なんでも願い事を聞くというのはどうだ?」
「畏れ多いことでございます」
ギデオンが静かに頭を下げる。その横顔は固く、褒め言葉をあまり嬉しく思っていないようにもとれた。
だが、この場でその理由を問いかけるわけにもいかず、エリーゼは口を閉ざす。国王たちが帰ってから、なぜ様子がおかしかったのか、それとなく聞いてみよう。
そんなことを思っていると、突然、国王が激しく咳き込み始めた。お茶が気管にでも入ったのだろうか。口元と胸を押さえて苦しそうだ。
すかさずウィルフレッドが背中を摩り、懐から取り出した何かを国王に渡す。
「陛下、お薬を」
「ああ、そうだな」
それは、濃い茶色をした小瓶だった。中には何らかの液体が入っているらしく、国王が蓋を外して一気に煽る。
「お加減が悪いのですか?」
「心臓が弱っていてな。なに、心配することはない。ウィルが仕入れてくれたこの薬を飲めば、大分楽になる」
その言葉どおり、薬を摂取して少し経つ頃には、国王の顔色は見違えるようによくなった。劇的な変化に、思わず目を瞠ったほどだ。
「一体、なんというお薬なのですか?」
処方がわかれば、母の飲んでいる薬にも応用できるかもしれないと期待を込めて聞いてみる。
「異国の薬師が特別に調薬してくれたもので、本来は門外不出の品だということです。私も、詳しいことは……」
なんでもウィルフレッドは、身体を悪くした国王のために方々を駆けずり回り、名医や薬師を探し求めたらしい。そんな中で出会った異国の薬師の作る薬が、特に国王の病状を快復に導いてくれたようだ。
「ウィルフレッドはよくできた甥だ。余のために、いつも色々と心を砕いてくれる」
「恐れながら陛下の甥として、また忠実な臣として、当然のことです」
「それに、ギデオンもだ」
国王の視線が、今度はギデオンに向けられる。そして彼は、信じられないことを口にした。
「よくぞハリエットを見つけ出してくれた。これで、余も安心して退位できる」
「退位……?」
国王はまだ四十代だ。退位するにはあまりに若すぎる。
聞き間違いかと思い、その言葉を繰り返す。国王はエリーゼを見つめると、少し弱々しく笑った。
「身体が弱ってからというもの、まともに政務をこなせずにいてな。普段はウィルフレッドやギデオンたちが補佐してくれているが、それもいつまで保つか……。ゆえに、いっそこの辺りでのんびりと隠居生活でも送ろうかと思ったのだ」
「ですが、王位は……」
「そなたがいるであろう、ハリエット」
その言葉だけでも、エリーゼにとっては十分な衝撃だった。しかし国王は更に驚くべきことを告げる。
「余は、そなたとウィルフレッドを娶せ、共同統治者としてオルテミアを治めてくれることを願っておる」