§2.14 バザール
20分くらい仮眠をとったロディオンは目を開くと、自分が現実に帰ってきたことに気が付き、ふと安心しかけた。
しかし、そんなにゆっくりとしている暇はなかった。踏み外さないように気をつけながらも急いで梯子を下りる。裸足だったため滑って一瞬落ちそうになるが両手でグッと梯子をつかみこらえて残りを降り切った。慌てて靴下をはき、適当に手荷物を準備するとドアを勢いよく開けて廊下へ飛び出した。
宿舎の正面玄関から出ると、額に中指と人差し指を添え、何かを思い出そうとしていた。しばらくその姿勢でゆっくりと昇降口前の階段を降りると、地図を取り出して何かを確認した。そして、近くにあるバザールを目指して走り出した。
その日はくしくもラルゴは祝日を迎えていたため、昨日までとは打って変わり人通りが多く、まるで別の街に来たような光景が広がっていた。
バザールに近づくにつれて魔人たちの人口密度も上がっていき、ロディオンも慣れないダッシュで息を切らしており、足取りは重くじれったくなっていった。
「……す、すみません、はい、すみません」
買い物に来た魔人たちとぶつかってしまいながらもロディオンは何かを探すようにきょろきょろしながら人込みをかき分けていった。
そのバザールというのは、中央広場の噴水から6方向の放射状にのびた大通りで催されていた。
ロディオンはまず噴水のある中央広場を目指した。
「確か、この噴水の女神像をこの角度で見ていたはず……」
噴水までたどり着くと、自分の記憶の中の画とすり合わせるように人込みに流されつつもゆっくりと北西方向にのびる大通りの入り口方面に移動した。
そして、位置が分かったとたんに、はっと我に返って重大なミスに気が付いた。ただでさえ色白なロディオンの肌がさらに青ざめた。
すると近くで露店を開いていた調子のよさそうな青果店の店主がロディオンお顔色を見て声をかけてきた。
「おいおい、あんちゃん、どうしたんだそんな顔して、腹減ったのか?だったら、こいつを特別に半額で……」
その時、ロディオンの目の前に黒のツンツン髪が悲しげに通り過ぎるのが見えた。
「……げて……」
「げて?あぁ、なんか変なゲテモノ食わされたの…」
「皆さんここから逃げてください!」
そう言うと、キシリアの方へ走っていき彼女の手を取るとその場から遠のこうと人込みを無理やり駆けだそうとする。
「せ、せんぱい!?」
「ごめん、今はとりあえず、……ついてきてく、れ」
無理に人込みをかき分けようとするほど重さを増し、なかなか進まなかった。
突然避難するように叫んだと思ったら、今度は女魔人を連れて逃げ出そうとするロディオンを見て、後ろの方からぶつかられて罵声を浴びせる者たちがいた。その人込みを背にしていると突如ドスンという大きな何かが落ちる音と、痛ぇ―!、という男の叫び声が背後で聞こえた。
悲鳴を上げそこから逃げようとする人々に押されて、ロディオンたちは後ろを振り返る間もなく来た道の方へと流されていった。
ロディオンはキシリアのその華奢な手首から手を放さないようにだけ意識してバザールの入り口へと向かった。
今回も最後まで読んでくださりありがとうございます。
ではまた