§2.11 ラルゴの朝
ロディオンは広い砂漠の中を飛んでいた。正確には何者かによって投げ出され、地面へと落下しつつあった。向こう側にはわずかに青々としたオアシスが天地反転して見える。
不時着し跳ね上がり転がり全身を衝撃が襲う。服の隙間や口から砂が入り込みほんのわずかの間、地面にあおむけに転がっていた。
その肉体をすっぽり覆うかのような影がロディオンを包むと、とっさに起き上がり走り出す。しばらくよろけながらも走り続けたが、ザクッという音と猛烈な痛みとともに視界が一気に赤く染まった。
「……はぁっ!!……ゆ、夢?なのか…?」
恐怖の汗で背中と胸のあたりがびっしょり濡れていた。まだ日は完全には出ていないようでほのかに白い空が遠くに見えた。
部屋はまだ夢の中にいる者たちの息の音のみが響いていて、今まで見ていた光景が夢であることを裏付けているかのような静かさだった。3段ベッドの一番下にいたがそれでもできるだけ音を立てないように布団から出ると、軽く着替えをすまして一回のラウンジへと向かった。
早朝のラウンジは、床からの冷気が痛く感じられるほどひんやりとしていた。その冷気に体がびくりと震える。
(さすがは砂漠地帯って感じだ。夜の冷え方は半端じゃないなぁ…。うぅ、サム)
明かりこそついているもののまだ始業時間には早すぎるからか、暖房はついていなかった。石でできた中央の広い空間から窓際のじゅうたんとソファーのあるエリアへとつま先立ちで早足に向かいソファーの上に体育すわりになるように座り、冷えた足を手で温めた。
部屋を出た時点で少し寒さを感じてはいたが、そのまま裸足で来てしまったことを座りながら後悔していた。幸い、上に一枚だけコートを羽織ってきていたため、だんだんと体は熱を取り戻していった。そして冷えたことで冷静になった頭で今朝見た夢のことを思い出す
(誰も、死んでなかったなぁ。いや正確には僕が死んでしまったわけなんだけど、今まで見た夢とはなんか違うような。)
そしてすぐに、今までは夢の中で身近な魔人の死などを見てきたのに、今回は死んだのが自分、ということであった。これは実際には自分の身を守るには有益なのかもしれないが、ラルゴの人々やキシリアを守ろうと思ってみた夢がこれでは、正直情報として不完全に思えた。第一、夢の最後で自分を殺したのが一体何者なのかがわからない、というのも問題だった。何か大きな生き物から逃げているようだったが影しか映らなかったせいで、全く見当がつかない。
(とにかく殺傷能力のある何かがラルゴの外で僕を殺す、ということか…。もしあれが町の方へ侵入してしまえば結局みんなを守ることはできないよな…)
とりあえず、何か大きな魔人に害を及ぼしうる生物がラルゴの近くに現れるということだけバーナードとギュンターに伝えることにした。
(あとは、キシリアをどうにかして帰さないといけないんだが…)
無難に怪しまれずに帰ってもらう方法を考えていたが、何も思い浮かばない。
(最悪はストレートに、何でもいいから帰ってくれ、っていうしかないか…。それじゃあ帰らないかなぁ。)
ソファーの上で体を前後に揺らしながら思案を巡らしてみても何も思いつかなさそうだったので、とりあえず保留することにした。
ラウンジの外から男女の話し声が階段を下りてくるのが聞こえてきた。気が付けばもう外の日は登りきっていたようで、曇り空だが起きてきたときよりは空は大分明るくなっていた。
降りてきた魔人たちの中にはキシリアも混ざっていた。ほかの隊員や役人たちと楽しげに、朝から大きな声で話していた。
昨日の今日でもうすでに初めて会ったメンバーたちと仲良くなっていたようだった。
(コミュ力ぱねぇ。)
今までほかの魔人と話しているところをあまり見たことがなかったロディオンは、ダルがらみしかしてこない後輩の意外にも社会的な一面に感心してしまっていた。
同時に、あれだけのコミュ力お化けなら自分がしつこく頼めば何とか差し迫った状況の緊迫度合いを察してくれるだろうと楽観視していた。
彼らがラウンジの入り口を通り過ぎるのを見計らって、そそくさと部屋へと戻ると、もうほとんどが目を覚ましていて、バーナードはすでにどこかへ出かけてしまったようだった。
「そろそろ朝ごはんができているようなので皆さん一緒に食堂へ行きませんか?」
部屋にいた外交官の一人が声をかけ、ロディオンを含めた同室の面々で朝食を食べに行くことになった。
普段一人でご飯を食べることが多いロディオンは久々の誰かの食事に心なしかうれしさと懐かしさを感じていた。
ロディオンの育った家は北方の寒冷な地にあり、酪農を生業にしていた。そのため、一軒一軒の家の間隔はとても広かったがそれでも、いやだからこそ、数日に一回は何軒かの家族で集まってにぎやかにご飯を食べていた。そのにぎやかさは、当時のロディオンにはややうざったくも思われていたが、城の役人になってからというもの、度々その風景を思い出してはぼんやりと寂しさを感じていた。
そのぶん、その朝食は数か月間感じていた心の穴を埋めるには十分すぎるほど楽しかった。外交官たちはその職業の性質もあってか、とても気さくにいろいろと話しかけてくれたから、ロディオンも気兼ねなく談笑を楽しめたし、情報交換も少しできた。
楽しく有意義だった朝食の時間が終わると、キシリアを探しに女性魔人たちのいる部屋の方へと向かった。
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ではまた。