第3話
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田村は東京の会社に勤めている。上京して5年、仕事も一人暮らしも慣れたが、毎日何もない、やりがいがないまま過ごしていた。
それは会社の経営状態が危ないことも影響しているかもしれない。先日、社内報で新規事業を行うと発表されたが、この先どうなるかは不透明なままである。田村自身もこの先どのような人生を歩むのか分からないでいた。会社内で話す友達はいない、もちろん京都に一人旅をしていることも誰も知らない。
なんとなく仕事を終えた田村はカフェに寄った。カフェは週3で通う行きつけのカフェだ。店の扉を開けると聴き慣れた音が耳に入る。
(♪カランカラン)
その音に続いて、マスターの川端が声を掛ける。
「いらっしゃい、田村君」
「こんばんは、いつもので」
「はい」
こんなやり取りはもう慣れたものだ。田村が席に着き、いつものアイスコーヒーを待っている。田村はカウンターに座る前、店内を一度見渡してから座る。理由は癖と変な目で見られていないか確認するからだ。田村がカウンターに座った後、どこかで見たことがある顔を視界に入れたかもしれないと思い、もう一度振り返った。
すると
「あの~、すみません」
と、どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。声が聞こえた方向に振り向くと、そこにいたのは京都の老舗抹茶屋で話し掛けてきた女性だった。一瞬夢ではないかと疑った。こんな偶然はない。しかも自分は今、一人旅をしている訳ではない。アイスコーヒーが目の前に置かれ少し含んだ。
田村は女性と話をしてみることにした。
会話の結果、女性は一人旅が好きで東京に来ていた。名前は松山 悠里。苗字だけ聞いたつもりだったが、フルネームで答えてきた。年齢は27歳、同い年である。
松山は大学卒業後、地元・京都の老舗抹茶屋に就職し現在に至る。二人はこの後連絡先を交換し松山は京都へ帰っていった。アイスコーヒーを再度含んだとき、時間の経過と共に出た水滴が足に落ちた。それをハンカチで拭こうとしたが、この日は忘れてしまったみたいだ。
松山は、別れ際質問をした。
「田村さん、また京都来ますか?」
「はい、また行きますよ」
「そうですか…またうちの店まで来てくれますか?」
「はい、もちろん」
そう言うと松山は嬉しがった。どことなく良い雰囲気だったが、京都に帰らなくてはならないため松山は帰ろうとしていた。去り際に連絡先を交換した。
するとマスターの川端からなぜ東京駅まで送ってあげなかったのか問い詰められた。
恋愛経験が0に等しい田村は、会えたことで満足していた。