最低と恋人1
扉の先は見飽きた地下鉄の通路によく似ていて、安心したせいか力が抜けた。
へたり込んだままで細い腕の主を見れば、パンクだった。緑と青とピンクに染まった髪、隈のようなアイシャドウ、鼻ピアスは耳のピアスとワイヤーで繋がり、紫色に塗られた唇の隙間から右の八重歯が見えた。
意味をなさない英文が羅列された黒いタンクトップシャツに、幅のある黒いベルト、ダメージジーンズの左足には掌大の安全ピンが並ぶ。
「アンタ先輩?」
そう言って彼女が取り出した携帯の待ち受けで、パンクと後輩が顔を寄せて笑っている。
同棲している彼女がいるとは聞いていたが、このタイプは想像していなかった。驚き半分、困惑半分で肯く。
「そっか。行こうぜ」
舌にもピアスがあるのを見て少し引いた。それを気にしていないのか、彼女は地下通路を歩き出す。
一番最初に【誘引】された時のように、普段使っている駅の乗り換え通路と同じような通路は緩いカーブで伸びている。
後輩の恋人の名前は聞いた気もしたが、覚えていない。
「さっきは助かった。命拾いしたよ」
「はっはぁ! いーんだよ、大事な先輩だからさ。まさかこっちで会うとは思わなかったけど」
振り返らず笑うカラフルな頭に、現実では絶対に会う気がなかったとは言わずにおく。後輩が合わせたがる理由がネトラレ経験希望なのも、当然口には出さない。
「あたし、こっちでああいうヤツと何度か会ってんだよね。んで、あいつらヤベぇからさ。ちょっと抉ってこれ貰ったんだけど、先輩もそんな感じなん?」
そう言いながら鞄から取り出したのは金属板だった。さらりと恐ろしい言葉が混ざっていたが、もののたとえだろうとスルーしておく。
しかし実際に自分が老人にしたことを顧みると、あまり大差はない気もしてきた。
「騙し取った、だな。俺の場合は」
「はっはぁ! 聞いてた通り先輩ヤベぇ! フツーヤるっしょ? スゲー」
何がツボに入ったのか笑い続けながら、階段のある交差路で迷わずに道を選ぶ。元々きた道を戻っているのだろうが、随分と【地下迷宮】に馴染んでいるように思えた。
さっきの火炎瓶も、銃を持った相手への対応も。言葉だけではなく実際にヤってみせたことに、頼もしさよりも得体の知れないものを感じる。
そのせいか誤魔化すような疑問が口をついた。
「なぁ、どこに向かっているんだ? あいつもこっちにきているのか?」
「せっかくだから合流したほうがいいっしょ? 喜ぶぜー? あ、その前にいっぺんヤる?」
しかしダメージジーンズを下げるという反応に、疑問が吹き飛ぶ。
ピアスがあるのは顔だけではなかったようだ。




