魔物がいない迷宮の危険性
最初に感じたのはイチゴ混じりのミントのような、甘さのある爽やかな匂い。
ミントアイスのように色を失った真っ青な顔がそこにあった。溢れ落ちそうなほど大きく見開かれた黒目が、真っ直ぐにこちらを捉えている。
驚いて飛び退いたせいでカウンターに腰をぶつけたが、それによって納戸から出てくるものを店内照明の下で確かめられた。
クールショートから覗く耳や首を辿れば、黄色いラインが入った短袖の真っ白いシャツ。胸ポケットには三又の草のような記章。
勤務先と同じ駅にある高校の制服だ。学校名はうろ覚えだが、毎日通勤中に見かけていた服装は見間違えるはずもない。
だがこんな場所で見知った制服を見たことや、納戸に隠れていた理由より、意識はその女子高生の手元に集中させられる。
店内照明で光るカッターナイフの鈍い輝きが、握られた手に合わせて揺れていた。
「うぅぅ……」
彼女が唸るような声を絞り出しても、視線は外せない。
這い出るような動きで、しかしカッターナイフを握り直してしっかりとこちらへと向ける。その納戸から姿を見せてくる様子は昔見たホラー映画を連想させた。
「うああぁぁっっっ!」
起き上がるのと同時に叫びを上げて、その刃先が振り抜かれる。まるで現実味がなかったが、本能は反射的に一歩距離を取ったらしい。身体に響く声と微かに触れた風の感覚で、現実だと認識していく。
そしてこちらが事実を理解した直後、それは明確な殺意と共に両手で構えたカッターナイフを突き出してきた。
「うわぁっ!?」
なりふりなど、構っていられない。
カウンターに飛び上がり、その勢いのままに反対側へと転がり落ちる。自分の体勢もわからないままに必死で床から身体を起こそうと手をついて、それさえ待てずに走り出す。
つんのめりながら自動ドアにぶつかり、身体をねじ込むようにして店外へと転がり出る。
抜けそうになる腰と挫けそうな膝に鞭を打ち四つん這いになって振り返れば、レジ内から女子高生が飛び出してくるのが見えた。
チェック柄のスカートが翻り、健康的な太ももと黒いソックスが迫り来る。
「「うあぁぁぁっっっ!!」」
奇しくも二人してあげた絶叫が、地下通路に響き渡った。